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縁との出会い


 1年越しのオリンピックを終え、日本中が湧いたお祭り騒ぎからようやく日常が戻って来た。オリンピック中は暑くて堪らなかった気温も、幾分と和らぎ過ごしやすさを感じるこの季節。それもすぐさま冬の厳しさに覆われるのだなと思うと、ほんの少し哀愁を感じてしまう。

 出先の用事を終え、駅から自宅まで歩く道すがらで暮れかける夕陽をほんの少しの寂しさを抱えながら見送る。さすがにこの時間帯になると上着が要るなぁと肩を震わせ足を急がせた時。公園から何かの気配を感じ、はたと歩みを止めた。
 じっと公園を眺めてみても子供は居ない。ポツンと佇んでいる公園は夜を待つのみ。やはり気のせいかと思い直そうとした時、ガサリと確実な物音が鼓膜を揺らした。

「これ、」

 音の出どころを辿って見据えた先で、比較的新しい段ボールとフラップ部分に“お願いします”とマジックで書かれた文字を見つけた。

「やっぱり……」

 もしかして……と思いながら見つめた段ボールの中。そこには白い毛に覆われた2つの瞳が待ち構えていた。目が合うなりくぅん、と鳴いた声は甘え声なのか、はたまた悲しさからなのか。いつからここに居たんだろうとか、誰が捨てたんだろうとか色々思ったけれど、それらは吹き付けてくる夜風が攫い段ボールを持ち上げることを促した。



「ウメちゃん、タケちゃん! 居る!?」
「はいはい。どうしたの」

 “しあわせ荘”と書かれた表札が提げてある塀。その中に入っていけば右手にアパート、左手に一軒家が見えてくる。自宅のあるアパートではなく一軒家の方へと足を進め、縁側から声をかければ向こう側からウメちゃんが何事かとゆったりとした歩みで姿を現した。

「子犬、」
「あらまぁ。可愛らしいわんちゃんだね」
「捨てられてたみたいで思わず連れて来ちゃったんだけど……どうしよう」

 これも何かの縁だし、飼えるなら飼ってあげたい。でも私が住んでいるのはウメちゃんタケちゃんが管理するアパートでいわば賃貸だし、他の住人にだって話をしないといけない。

「私たちも昔犬を飼っててね」
「そうなんだ?」
「なまえちゃんがウチに来るよりも前の話だけど。きっと竹生さんも喜ぶだろう」
「じゃあ、」
「私らの家で飼ってもいいよ」
「ほんと!? 良かったぁ〜……!」

 喜び安堵する私を子犬が不思議そうに見つめてくる。……君の面倒、一生懸命見るからね。それに大家の梅子おばあさんと竹生おじいさんはとっても優しいご夫婦だから、きっと可愛がってくれるはず。このアパートの住人も良い人たちだし、動物も好きみたいだから2人とも受け入れてくれるはず。

「ひとまず、病院に連れて行った方が良いよね」
「そうだね。何かの病気にかかってないか、診てもらった方が良いだろうね」

 縁側に座り込んでスマホに住所と動物病院というワードを打ち込む。そうすればいくつかの動物病院が候補として表示されるから、その中でも近場で評価の高い病院をタップしサイトへとアクセスしてみる。……うん、まだ営業時間内だし歩いていける場所だ。

「ちょっと行ってくる!」
「気を付けてね」
「はぁい」

 もしこの子が病気にでもかかってたら、一刻を争う。……犬を捨てるなんて、家族を捨てるのと同じこと。この子が独りぼっちで居た時間を思うとやるせなくなってくる。まだこんなにも小さい子にどうしてそんな孤独を与えられるんだろう。
 子犬を見つめてみれば、その気持ちを汲んだのか、子犬がもう1度悲しそうな声で鳴く。その声を聞いて「大丈夫だよ」と微笑み、段ボールが揺れないよう、私はほんの少しだけ歩みを緩めた。

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