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ワンダフルコミュニケーション

 ユキの散歩デビューに備えて下見をすることにした。ユキはまだ子犬だし、犬目線で街中を歩いたことはなかったからあらかじめ見ておくことは大事だ。口にしたらまずい植物はないだろうかとか、車通りの多い道は避けた方が良いとか。いつもとは違った目線で歩く街並みは新鮮で楽しい。

 ある程度のコースに目星をつけ終わった頃、見覚えのある犬が向こう側からのそのそと歩いてきた。伸びるリードを伝って視線を動かした先、犬よりも大きな体とその割には小さな顔に辿り着き“本当によく会うなぁ”と嬉しさを通り越した感動を思い浮かべる。

「おはようございます」
「おはよう、みょうじさんも散歩?」
「散歩というか……散歩ですね。もはや」
「はは、下見してたんだ」
「はい。昼神先生もお散歩ですか?」
「そう。とはいってもこの川沿いを歩く程度だけど」

 昼神先生が立ち止まるとわんちゃん――コタロウくんもお座りをしてじっとしている。コタロウくんに目線を合わせ「初めまして」と挨拶をすれば、コタロウくんもわんっ! と鳴いて返事をしてくれた。そうして膝に当てた手に鼻を押し当て撫でろとねだる。そうっと手を頭に持って行って1、2度撫でてみればぶんぶんと振られる尻尾。

「すごいなみょうじさん。コタロウ知らない人苦手なのに」
「そうなんですか? 嬉しいな。ありがとね、コタロウくん」
「コタロウとは既に顔見知り以上だね」
「そうですね」

 昼神先生の言葉にちょっと拗ねたように笑いつつ言葉を返せば、昼神先生も楽しそうに笑う。私と昼神先生の関係は今はどう呼ぶのだろう。そんなことを思いつつも、あることを閃いて「そういえば」と口に出す。

「何々、どうしたの?」
「ユキと昼神先生って仲間ですよね」
「仲間? 俺とユキが?」

 座ろうと指さされた先には川を臨むようにして設置されたベンチ。そこに移動して腰掛ければコタロウくんは昼神先生の膝元にぴったりと寄り添う。その姿を微笑ましく思いつつ「同じ“幸”の字がついてるじゃないですか」と続きを言うと「なるほど」と昼神先生は納得がいったように笑う。

「俺の家系はそういう漢字をあてがわれてるからね。福郎に、招子――幸郎の俺」
「え、ご兄弟いらっしゃったんですか!」
「いるよ〜。兄ちゃんと姉ちゃん」
「知らなかったです……!」
「じゃあ今日1つお近付になれたね?」
「……ですね」

 同意を返せば、昼神先生の顔も満足そうに頷く。私、なんだか昼神先生に面白がられている気がするけど、気のせいだろうか? いやきっとそうだ。……でも、それに対して嫌な気持ちはしない。

「昼神って名前珍しいし、滅多に被らなさそうですね」
「そうだね」
「自分の名前をネットで検索したことあります?」
「あー……昔は、まぁ」
「ちょっと検索してみても良いですか?」
「じゃあ俺はみょうじさんの名前検索しても良い?」
「えっ、それはだめです」
「なんで?」
「な、なんか恥ずかしいじゃないですか」
「えー、でも俺は調べられるんだよ?」
「じゃ、じゃあ昼神先生の口から教えてください」
「うん。良いよ。何が知りたい?」

 そう言って柔らかく微笑む昼神先生はまたしても嬉しそうで。その横顔を見つめれば、この気持ちがなんと呼ぶものなのかは考えなくても分かる。今なら潤ちゃんたちの茶化す言葉にも素直に首を縦に振れそうだと誇らしささえ感じていると、コタロウくんが近付いて来てまたしても鼻先を押し付けてくる。

「どうしたの?」
「俺とも仲良くしろ――ってことじゃない?」
「なるほど。こちらこそ、私と仲良くしてください。……あ、それとユキって子犬が居るから、その子とも仲良くしてくれると嬉しいです」
「だってさ、コタロウ。先輩風吹かせないとだな」

 昼神先生の言葉にコタロウくんがワン! っと大きな鳴き声をあげてみせる。……ユキ、とても心強い先輩が出来たよ。早く会わせてあげたいな。

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