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オーバーフロー

「見て! このユキの寝相。おかしくない?」
「ほんとだ! 白目剥いてる」

 散歩デビューが近付き、首輪に慣れさせたり待てや伏せなどの躾も徐々に始めたりしている。そんな中、相も変わらずカメラロールにユキを増やし、それを見返しては爆笑を繰り返す日々は続く。
 ちらほらと雪も降り始めるようになったので、いつか雪が積もったらユキを遊ばせてあげたいなぁとも思う。でもユキ、真っ白だから雪に紛れて見えなくなっちゃわないかな――なんて思いつつ今撮った写真を別のラインに送信すれば潤ちゃんから「さっそく?」とニヤつかれた。

「だって……送ってって言うから」
「そっかそっか〜。泰成さんも言ってくるよ」
「でしょ? だから「潤ちゃんとの2ショット送って――て。なまえも言われる?」……そんなこと言うわけないじゃん」

 むぅっと頬を膨らませれば「ごめんごめん。なまえが昼神先生とあまりにもラインしてるからつい。カップルかと思っちゃった」と肩を竦められる。

 散歩の下見をしていた日、昼神先生のことをたくさん知った。思い出の場所を教えてくれた時に“紹介したい”と言っていたのはオリンピックでも活躍していたあの星海光来選手だってこと。昼神先生も星海選手と同じくバレー選手だったこと。お兄さんもお姉さんも家族全員バレーをしていたこと。そして、昼神先生はそこまでバレーが好きじゃないこと。
 色んな思い出をたくさん聞いて、同じくらい話をして。そうして過ごした時間の終わり、「俺たち、そろそろラインの交換しない?」と提案された。

「これだけ会ってるのにラインの交換してなかったですね」
「ね。まぁでもその必要ないくらい会ってたもんね」
「ストーカーか? ってくらいですか?」
「逆にみょうじさんが俺のストーカーなのでは?」
「もうっ!」
「痛っ、みょうじさん見た目に反して力強いんだね」
「噛む力にも自信ありますよ。試してみます??」

 こんな会話を交わしながらも無事に登録された“幸郎”の二文字。それを見つめニヤニヤする日々は一体どれくらい過ぎただろうか。私たちのラインは潤ちゃんの言った通り、それなりの頻度で吹き出しが溜まっている。
 大体がコタロウくんやユキの写真やエピソードだけど、中には星海選手や日常的な会話も混ざる。このラインは私にとって何にも代えがたい宝物だ。

「言われる前に送ってみたら? 2ショット」
「えっ迷惑でしょ、絶対。それに私自撮り慣れてないし」
「私が撮ってあげるから。ユキ〜、おいで!」

 潤ちゃんがユキの名前を呼べば、ユキが駆け寄って来て尻尾を振る。その頭を撫でつつ「はいなまえに抱っこしてもらって〜、そうそう! カメラ目線! 偉いよユキ〜!」とカメラマンさながらのノリで言葉を紡いでゆく。潤ちゃんの言葉に乗せられ、ユキと一緒に写真を撮れば「うん、どっちも可愛い!」と潤ちゃんのお墨付きを得ることが出来た。……なんか恥ずかしいな。

「え、これほんとに送るの?」
「なんの為に撮ったのよ」
「でも……やっぱりちょっと、」
「はいはいはーい」

 3回目の間延びした声と同時に押された指。画面にぽんっと表示されるのは、今しがた撮った2ショット。うわぁ……送っちゃった! どうしょう、付き合ってもない人の写真とかもらった所で困るだけじゃないかな……どうしよう。

「ギャッ既読になった!」
「わー! なんて来ると思う?」
「わ、分かんない……キモいとか来たらどうしよう」
「先生がそんなこと言う人じゃないってなまえが1番分かってるでしょ」

 2人してキャーキャー言い合っていると昼神先生から返事が来た。そのメッセージを確認した途端、思わずスマホを胸元に手繰り寄せ潤ちゃんから隠してしまった。

「えっ何々。なんて書いてあったの?」
「ひ、秘密……」
「えー! 嘘でしょ、ここまで来てそりゃあんまりだって」
「だ、だめ……! 誰にも見せない」
「んもう。……まぁなまえが嬉しそうだから良いけど」

 潤ちゃんがそう言って引き下がってくれた所でそっとスマホを覗き見る。そうしてまたその言葉の破壊力に打ちひしがれるのだ。“可愛い”――たった4文字だけど、その言葉は私の幸福感を満たすには充分だ。これも、なんの意味もなく、思ったことをただそのまま伝えた言葉だったら嬉しいな。

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