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 逃げることが叶わなかったばかりか、まさか昼神先生まで連れてくることになるとは。こんな展開、誰が想像出来ただろうと困惑しつつも「いつもお世話になってる獣医の昼神先生です」と紹介をすれば昼神先生も「初めまして、昼神幸郎です」と自己紹介をする。

「伺ってます、なまえさんから」
「……悪評とかじゃないと嬉しいです」
「まさか! むしろ「たーくーみーくーん」……っス」

 私の睨みが冗談ではないことを悟ったのか、拓海くんの言葉尻が萎んでゆく。……うん、良い子。拓海くんの聞きわけの良さにホッとしていると「今日はお休みですか?」と潤ちゃんが昼神先生に声をかける。

「あ、はい。ウチ日曜は午前までで、昼から休診なんです」
「そうなんですね! なまえ、良いこと聞いたね」
「……もうっ!」

 後半部分の言葉を誰にも聞こえないように囁いてくるから、潤ちゃんは拓海くんより質が悪い。女子2人で肩を小突き合っていると「お休みの日に走り込みだなんて、俺も見習わないとだ」と泰成さんが感心したように声を発する。出てきたワードに首を捻っていれば、昼神先生は「いやいや、そんな大それた理由もないですよ」と謙遜してみせる。そうしてやっと昼神先生の服装がランニングをする人のソレだということを落とし込み「お邪魔しちゃいました……?」と不安になる。

「ううん。ちょうど休憩したかったし、ユキにも会えて嬉しい」
「そ、れなら良かったです……」
「なまえさんも一緒に走ったら? 最近太った〜って嘆いてたじゃん」
「拓海くん、余計なこと言わない。そんなんだからバイト先の子に「あー分かったごめんなさい。俺が悪かったです」……よろしい」

 ふん、と鼻を鳴らしてドヤ顔を決めていると「一緒に走る?」と隣から思わぬ爆弾を落とされてしまった。……走り込み……。昼神先生と……。嬉しい、嬉しいけど……ついて行く自信がないぞ……。

「まあウチは日曜日でも当直あるし、走ったり走らなかったりだけど」
「当直、前もやられてましたよね。やっぱり獣医さんって大変な職業ですね」
「それなりにはね。だから体力つけとかないとと思ってさ」
「なるほど」

 昔はもっと体動かしてたんだけど――という言葉から男性陣の筋トレ話に花が咲いたので、そっと抜け出し少し離れた場所で椅子に腰掛ける。……なんか、私の日常に昼神先生が居るってものすごく不思議だ。でも決して違和感はない。これが当たり前になってくれたら――理想の未来を思い描いた途端ぼぼぼ、と頬が熱くなり、同時に胸がドクドクと脈を打つ。

「そういえば昼神先生って彼女居ないんですか?」
「居ないよ〜」
「えー、モテそうなのに」
「はは、ありがとう。拓海くんは素直で良い子だね」
「ほんとっスか! よく言われます!」
「わぁ、なんかすっげーもふりたい」
「もっ、もふ?」

 昼神先生の言葉にハテナを浮かべる拓海くん。きっとコタロウくんのことを思い浮かべているんだろう。犬っぽいという感想は昼神先生や私だけでなく、泰成さんも抱いたらしい。

「うわぁ、松吉に会いたくなってきた」
「俺も。コタロウに会いたくなってきました」
「えっ、お、俺は……俺は、ユキに会いたいです?」

 昼神先生は初めましての人ともすぐ仲良くなれるからすごいと思う。多分物腰の柔らかさが親しみ易さの素なんだろうな。そんな風に思う反面、それと同じくらい昼神先生の悪戯な部分が思い出される。……親しみ易いだけじゃないな、昼神先生は。

「昼神先生は“会いたいなぁ”って思う女性とか居ないんですか?」
「女性、ですか?」

 思わず飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。ぶっ込みの潤――そんな異名を思い浮かべながら潤ちゃんを見つめれば、やはり潤ちゃんの頬はゆるゆるだった。……この人、絶対楽しんでる。

「女性かぁ。女性は……特には居ないかな」
「それって好きな人居ないってことですか?」
「まぁ、そう、ですね」
「じゃあ! なまえはどうです?」
「は、はぁ!? ちょっ潤ちゃん何言ってんの!?」

 この場で慌てているのは私だけ。他のみんなは嬉々とした表情で昼神先生の答えを待っている。かく言う私もそっと昼神先生のことを見つめてみると、視線がばちっと絡み合った。
 昼神先生はその視線をちろりと動かした後「なまえさんと俺は……顔見知り程度かな」と言われ、私は真っ白な灰となった。
 
 確かに顔見知りだけれども。……これでも一応、ちょっとはお近付きになれたと思ってたのになぁ。

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