image

噂の昼神先生

 初めてのワクチンから数週間。大きな副作用が出ることもなく、今日もユキは健康そのもの。ラバーブラシを使ってのブラッシングも、昼神先生のアドバイスのおかげで無事にこなすことが出来た。
 初めてブラッシングした時はおもちゃと勘違いしてはしゃいでいたけれど、今ではブラシを見せただけでじっと座り込んで待ち構える程。どうやら無事にブラッシングは気持ちの良いものと学んでくれたようだ。

 ちなみに、昼神先生の言っていた“ブルブル”がなんだったのかは、つい先日拓海くんに手伝ってもらいながらおこなったシャワー時に判明した。シャワー自体はシャワーヘッドを身体に付けてなるべく怖がらせないようにしたおかげか、ユキも怖がることはなかった。問題はその後。タオルを広げて待ち構えていた拓海くんにユキを預けようとした瞬間、ユキが胴を震わせ纏っていた水分を弾き飛ばしたのだ。

「ユキ……うん、元気な証拠だ」
「あははっ、拓海くんぐっしょり」

 私は少し離れた場所に居たから大丈夫だったけれど、拓海くんは着ていたパーカーが変色するレベルで濡れてしまった。突然の出来事に拓海くんも私も爆笑していると、ユキがこてんと首を傾げ拓海くんの持っているタオルを鼻でつつく。その反応を見て「ごめんごめん」と謝る拓海くんによって手早くタオルで拭きあげてもらい、ふわっふわになったユキの毛並み。それを見た時、昼神先生がコタロウくんをもふりたいと言った気持ち、めちゃくちゃ分かるなぁ――なんて。そんなことを思ったのを覚えている。

 そうやって無事にブラッシングもシャワーも終え、次のワクチン接種がすぐそこに迫った日曜のお昼。ウメタケ家としあわせ荘の間にある庭で、みんなでバーベキューをすることになった。潤ちゃんと彼氏さんに買い出しをお願いして、私と拓海くんでセッティングを行い、いざ始まったバーベキュー。
 ユキもトイレトレーニングがほぼ完璧に出来るようになったので、サークルを開けっぱなしにして居間だけは自由に歩き回れるようにしている。

「ユキ見てると松吉思い出すなぁ」
「松吉って、ウメタケちゃんが昔飼ってたわんちゃんですか?」
「そうそう。俺が子供の頃にはすでに老犬だったんだけど、ユキそっくり」
「そうなんだ」

 縁側で爆睡しているユキを眺め懐かしそうに呟く潤ちゃんの彼氏――泰成さん。その隣に「松竹梅だ?」と言いながら潤ちゃんが腰掛けると、その手は自然と泰成さんの腕に絡む。泰成さんはウメタケちゃんの孫で、拓海くんが来る少し前までしあわせ荘の一員だった人。
 その時の出会いがきっかけで潤ちゃんと泰成さんはお付き合いしている。職場の異動でしあわせ荘から出てしまったけれど、2人の仲は相も変わらず睦ましい。まったく、羨ましい限りだ。

「昼神先生がここに居たら――って思った?」
「なっ」
「昼神先生?」
「なまえが気になってる人。ユキの先生なんだ」
「へぇ! なまえちゃんの好きな人!」
「ま、まだ! まだ好きな人ではっ」
「まだ、ねぇ? 拓、どう思う?」
「完璧好きだと思います」
「ちょっ、拓海くんまでっ!」

 こういう場のいけない所だと思う。すーぐ人の恋愛話をツマミにするんだ。……今まで散々ツマミにしてきた側だから、文句も言えないけれども。泰成さんが「どういう所が好き?」とニヤついた顔で質問をしてくるから慌てて「ツマミ! もうないね?? 買ってくるね!!」とサイフを持って逃げ出せば「なまえが脱走したぞ!」という潤ちゃんの声が拓海くんを向かわせてくる。

「なまえさーん、脱走禁止」
「いやだって本当にツマミないじゃん!」
「ツマミはまだたくさんあるって」
「ない! あっても私がすぐ食べるから!」
「そんなこと言わないの」

 拓海くんから腕を掴まれながらも必死に抵抗していれば「……あの〜、大丈夫、ですか?」と心配そうな声色で声をかけられた。

「あ、すみません大丈夫です。ただの小競り合いですから……って、えっ!? 昼神先生!?」
「うそっ、噂の!?」

 そうして2人して驚いた視線を向けた先で昼神先生は「ど、どうも……?」と困惑した表情を浮かべてみせた。

- ナノ -