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「あ、ここです」
「ん?」

 他愛もない会話をしながら歩く途中。公園に差し掛かった時、思わず歩みが止まった。「ユキを拾った公園、ここなんです」と言いかえると「まじ?」と昼神先生の目が見開かれる。

「ここだったんだ。……確かに。近くの公園だね」
「はい。……思い出の公園なんですか?」
「思い出はねぇ、こっち」
「こっち?」

 私たちが歩く道から右の道へと逸れ、真っ直ぐ下って行くと右手に“優里西中学校”と書かれた校門が目に入る。ここって確かバレーの名門校だったよなぁと思いながら先生の後をついて行けば、昼神先生の足がそこで止まった。

「ここ」
「ここ?」
「そう。ここが俺の思い出の場所」

 2つのポールを見た後、視線を上げれば見晴らしの良い街並みが広がっていた。ここに一体、先生のどんな思い出が詰まってるんだろう。それを知りたくて街並みをじっと見つめていれば「俺はこっから先には進めない」とポールを触りながら言葉を吐きだす昼神先生。

「え?」
「そう思った瞬間、気持ちが軽くなってさ」
「昼神先生?」
「もうちょっとやってみようって思えたんだ。だから今、心の底から“好きなこと”に打ち込めてる」

 一瞬心配になったけど、昼神先生の顔は晴れやかだ。昼神先生の好きなことがなんなのかを私は既に知っているし、そのことに打ち込んでいることも分かっている。きっと、この思い出は昼神先生にとって大切で大事なものなんだろう。
 それが知れたことが嬉しくて、私も笑みを返せば「今度紹介しないとだね」とまたしても気になる言葉を昼神先生から告げられた。

「紹介?」
「俺の恩人ともいえる人」
「……誰だろう、気になります」
「ふふふ。きっとビックリするよ〜」
「えっ気になります。教えてください」

 公園へと戻ってゆく先生の後を追えば、「今度、良い子にしてたら」なんて宥めるように言ってくるから。「私は犬じゃありませんっ」と言い返せば「あはは、ごめんつい。コタロウに言う感じで言っちゃった」と笑われた。

「コタロウって、先生のわんちゃんですか?」
「そう、実家で飼ってる犬」

 見せてもらったスマホには昼神先生と垂れた耳が可愛らしい犬が写っていた。訊けば待ち受けは毎年更新されているらしい。小さい頃はコタロウの方が大きかったのに、と微笑む先生は愛犬との日々を慈しんでいるような表情だった。

「今度会ってみたいな」
「もう老犬だけど、散歩は好きだから今度会うかもね」
「ほんとですか? じゃあその時は色々と学ばせて下さい」
「学ぶ?」
「はい。ユキもワクチンが終わったら散歩デビューだし、散歩の仕方色々と学ばないと!」
「あはは、散歩の仕方かぁ。ちょっと散歩するの緊張するなぁ」

 いつかコタロウくんとユキを会わせてみたいなぁ――とコタロウくんのことを考えていると、「コタロウのこと、もふりたくなってきた」と昼神先生もコタロウくんを思い浮かべている。確かに、写真に写るコタロウくんは老犬にしては毛艶が良かった。きっとしっかりとした手入れがされているんだろう。……あ、そうだ。

「あの、」
「ん?」
「ブラッシングのコツとかってありますかね?」
「ブラッシングか。ユキはシングルの短毛種だから、ラバーブラシとかおすすめかな」
「なるほど。ラバーブラシですね!」
「毛並みに沿って優しく数回解く感じでしてあげたら良いよ」
「毛並みに沿って優しく数回……」

 昼神先生の言葉を反芻させながら頭に入れ込んでいると「1週間くらい経ったら部分的なシャンプーも大丈夫だよ」と付け加えられた。

「シャンプー……! ユキ、好きかなぁ」
「どうだろうねぇ〜。好き嫌い別れるからなぁ」

 ちなみにコタロウはブラッシングもシャンプーも大好きだと言われ、ユキもそうだと嬉しいなぁと願う。クレートを持ち上げ目線を合わせてみれば、ユキはじっと私の瞳を見つめ返してくれる。一緒にいろんなことを学んでいこうね、ユキ。

「あ、ブルブルには気を付けてね」
「ブルブル?」

 首を捻ると、「すぐに分かるよ」と楽しそうな表情を返された。……ブルブルとは一体、なんのことだろう。

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