番記者

「お騒がせしてすみませんでした」
「なまえちゃん、体調大丈夫?」
「はい。なんともありません」
「そっか! 良かった!」

 この場に居合わせたのが日向選手と木兎選手で良かったというか。その……いわゆる単純純粋が売りの人だからこちらの「大丈夫」という言葉を真に受けてくれる。私なんかの態度1つでぶち壊す空気感を持っていないことが救いだ。

「じゃあ牛タンどーん!」
「ありがとうございます」
「メシ食ったら大抵のことは良くなるもんな!」
「ふふっ。それは木兎選手だけかと」
「えっ。俺は寝たり練習したり褒めてもらうことも必要だよ?」
「あ、ソウデスネ」

 当たり前のことを当たり前だろうと返され思わず固まってしまう。木兎選手はいつだって通常運転でぶっ飛ばし続けるから、見ていて楽しい。こういう選手が所属するチームの担当になれるのは嬉しいこと――なんだけれども。

「なまえちゃん、俺のどんなとこが嫌いなん?」
「……そういう所です」
「そういう所じゃ分からへんやん。記者さんなんやったらちゃあんと言葉にせんと」
「……柄長先輩、私やっぱり無理です」

 隣に座る柄長先輩に助けを求めても「大丈夫だって。なまえちゃんなら」と何故か自信満々に突き放されてしまう。

「無理って、何がです?」
「実は、月刊バリボーでブラックジャッカル特集の企画が持ち上がってまして」
「えっ! それ本当ですか! じゃあ俺の特集ページとかも……“密着! 日向選手の1日”とかあるんですか!」
「え、絶対俺がトップバッターだろ」

 柄長先輩の言葉に日向選手と木兎選手の目がキラキラと輝きだし、話が脱線しそうになる。……いいぞ、このままうやむやになってくれ。

「なるほど。それの担当になまえちゃんが任命されたってわけや」
「……チッ」
「あはは、舌打ちとか怖いわ」

 話を元に戻すだけでなく、前に進めてみせる宮選手に思わず舌が鳴ってしまった。もはや嫌悪感を隠すことも出来なくなっているというのに、宮選手はそれすらも一笑に付す。

「宮選手も嫌ですよね? こんな記者に付かれるのは」
「いや別に。ここまで熱視線貰えるんは嫌やないで」
「嘘、絶対嘘や。むかつく時が来るはずや」
「おっ、関西弁。ほんまに稲高出身なんやな」
「嘘吐く意味あらへんやろ」

 思わず出てしまった方言に「関西人のツッコミはええなぁ」と心地良さそうに受ける宮選手。……なんやコイツ変態か? そんな気持ちを込めて見つめようとも宮選手はお構いなし。さすがプロ、なんて強心臓の持ち主だ。

「この際こっちの事情も全部打ち明けますが、ご覧の通りウチのなまえちゃんは宮選手に対して敵意剥き出しなんですけど、仕事はきちんとする子です」
「うん、俺も知ってる! 俺の超格好良い記事、なまえちゃんが1番だし」
「というわけで、ブラックジャッカル担当としてなまえちゃんをそちらに伺わせようかと」
「えっじゃあなまえさん大阪に来るってことですか!」
「日向選手も迷惑な話ですよね? 記者が練習も試合も張り付くなんて」
「全然! 嬉しいです! 俺もなまえさんの書く記事好きだし」
「ひ、日向選手ぅ……」

 あのペッカァとした笑顔でそう言われてぐっと来ない人なんて居ない。思わず胸を抑えた所で「今度美味しいたこ焼き案内しますね!」とまで付け加えられたら「お願いします……」と言いそうになってしまう。

「宮選手にお伺いします。なまえちゃんは“宮選手のダメな所しか書きたくない”の一点張りでして。なまえちゃんがそちらに行くことで宮選手にとってはマイナスな方向に行く可能性もありますが、それでもいいでしょうか?」
「だめに決まってますよ柄長先輩。そんな話、誰も受け「ええですよ」……嘘やって言うて誰か……」
「俺、バレーにおいてマイナスなことなんか1つもないし。書かれてまずいこともせへえん」
「……試合の結果をめちゃくちゃに書くかもですよ? 試合だけじゃない、こうなれば練習中だって何かあったらすぐさま記事にしますよ? それでもいんですか?」
「うん。なまえちゃんの記事、俺も好きやもん」
「……っ、」

 悔しい。今まで色んな人から“私の書く記事が好き”と言って貰えた。そのどれよりも胸にズドンと突き刺さるのが宮侑からの言葉だなんて。




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