あますことなく

 あれよあれよと事が進み、気が付けば私はいくつかの荷物とノートパソコンとカメラを抱え東大阪市のホテルに辿り着いていた。柄長先輩、私の知らない所でだいぶこの企画を練っていたんだな。……というか、柄長先輩の企画なら柄長先輩がやればいいのに。

「既に選手数名には承諾を得ています。それに、なまえちゃんなら自信を持って送り出せます」

 企画会議で熱弁をふるった柄長先輩に対し、反対の意見が持ち上がることもなく。視線で最後の抵抗をしてみても、「なまえちゃんがどれだけ宮選手を嫌ってたとしても、誇張や捏造はしないでしょ?」と尋ねられると首を横には振れなくなってしまった。
 そういうわけで、仕事として正式に決まってしまったブラックジャッカル担当。仕事だしやるからにはきちんとやらないと。溜息を吐き準備を整え向かう先は取材先であるMSBYブラックジャッカル。……まさかこんなことになるだなんて。願ったり叶ったりというか、叶いすぎというか。



「月刊バリボーの企画としてこのシーズン中、みなさんのことを担当させて頂きますみょうじなまえです」
「3年連続優勝チームのアドラーズに立ちはだかる“最強の挑戦者”ってテーマなんだろ? 来年は“2年連続優勝を目指すチームに密着”ってテーマだな」
「俺らまだ優勝すらしてへんぞ」

 辿り着いた先、選手たちに挨拶をすればすぐさま木兎節と明暗選手のツッコミがカマされた。そのまま挨拶を終え取材に入ろうとすれば「なまえちゃーん」と宮選手に声をかけられ思い切り眉根が寄ってしまった。……だめだ、ジャーナリズム精神が早くも崩れそうだ。

「俺の記事、書けたら教えたってな」
「宮選手、練習中の顔がチャラい。そんなのでオリンピックの代表選手に呼ばれるのか――とかどうです?」
「いやむっちゃ悪口やん」

 見てくれは反則やろ、とおかしそうに吹きだす宮選手は「まぁ、ほんまにアカンて思うたことは遠慮なく書いたって。楽しみにしとうから」と続け練習に入ってゆく。……その余裕綽々な表情、いつか絶対崩してやる。






「あかーん!」

 取材開始から数十分。この言葉が体育館に響き渡るのは何度目のことだろうか。既に頭を抱える宮選手の姿を何枚もカメラに収めている。

「お前ははしゃぎ過ぎんねん!」

 明暗選手の怒声も何度目のことだろうか。それを受けて冷ややかな目を浴びせる佐久早選手の表情もそろそろ見慣れてきだした。宮選手のサーブは本調子になるまでにまだまだ時間がかかるようだ。これは良い記事が書けるかもしれない。せっかく密着するならSNSにもアップするようにと言われているし、この中でも特別悲愴感漂うものをピックアップして――「ギャッ!?」

「大丈夫ですか!?」
「はい。すみません」
「いや、こっちこそ。あのバカがすみません」

 カメラに集中していると突然耳の横で大きな衝撃音が鳴って思わず肩が跳ね上がった。飛んできた弾丸に呆然としていると、犬鳴選手が近付いてきて宮選手の代わりに謝罪してくる。そうして掴んだボールを宮選手に向かって振り上げ威嚇し、向こうのエンドラインに居る宮選手がヒィッと怯える間も他の選手のプレーは滞りなく進んでゆく。きっと、これが日常的なやりとりなのだろう。

「なんか……ええチームやなぁ」

 その後の練習もそれぞれが声をかけ、良い所悪い所の指摘もし合い、士気の高さを思い知る練習だった。こういうチームを取材出来て、さらにはそれをファンに届けることが出来る。やっぱり、この仕事が誇らしい。

 練習が終わり数人の選手の取材を終えホテルに戻りSNSのアカウントを見てみると、いつもの倍以上の反応が来ていた。そのことに喜びを感じる反面、それが宮選手の写真だったことに同じくらいの悔しさが込み上がる。

「コーナー企画希望……か」

 確かに、月刊誌だから伝えられる情報に限りがある。……こぼれ話的なものはSNSにあげるのも良いかもな――そう思っていると、同じような内容が柄長先輩からLINEで届き「だよね」と思わず吹き出す。

「泣く泣くカットなんて勿体ないしな」

 さて、明日はどんなネタがコートに転がってるんだろう。




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