knockout

 私がスポーツジャーナリストになりたいと思ったのには、父親が影響している。スポーツジャーナリストとして色んな選手の背中を追いかける、その背中を見て育った。選手の活躍を文字にして、時には写真に収めて、それを全国へと届ける父親の姿がいつだって誰よりも格好良く見えた。
 父親の記事で1番好きな所は、その場に居なくても試合の臨場感や迫力が手に取るように伝わってくる文章。情景を浮かばせながら何度も何度も同じ記事を読むことが楽しくて堪らなかった。

「また昨日の広島戦の記事見てんの」
「角名は見たんか」
「見たよ、だからLINEでネット記事連投してくんのやめて」
「送った分だけ律儀にアクセスしてや。アクセス数も大事やねんから」
「最近フリーランスになったんだっけ。みょうじの親父さん」

 私が高校生にあがったばかりの頃、父親が出版社から独立した。会社勤めの頃に築き上げた人脈のおかげで仕事はそれなりのようだけど、企業というバックがない今の状況はやはり不安定さが同席する。娘として出来る限りの協力はしたい。

「というわけで、角名もバックアップよろしく」
「親父さんの記事分かり易いし、好きだからまぁいいけど」
「角名はほんまええ子やなぁ。将来大成すんで」
「みょうじに言われても」

 細目を上げも下げもせず、単調に言葉を返す角名と「なんやねんこのクソ記事!」と荒ぶった声が教室に響くのは同時のことだった。思わず声の出どころを見つめるとスマホに向かって「VC広島のセッターばかにすんなや!」と怒声を浴びせる同級生の姿があった。

「セットアップがあかんかったちゃうぞ。あれはオポの踏み込みが遅かったせいや」
「ですってよ。奥さん」
「……そうかもやけど、クソ記事ではないやろ」
「ライターやっとんやったら目ぇかっぴらいて見ろや」
「ですって」
「…………っ、」

 角名の茶化す声にまともに反応することが出来ない。怒りで体が燃えそうなのに、それを吐き出すに相応しいワードが見つからない。……悔しい。何か言い返したいのに、宮侑の言っている言葉が一理あるものだから何も言い返せない。

「誰やねんこんなクソ記事書いたんは」
「どうすんのみょうじ」
「どうするも何も……やり返すに決まっとうやろ」
「え。もしかして喧嘩売んの? それはちょっと」
「あほ。私かてそこまで向こう見ずとちゃうわ。宮侑がプロになった時や」
「プロ?」

 決めた。スポーツジャーナリストになったら、絶対にバレーの記事も書いてやる。それで、宮侑のことを非難した記事をあげてそれでみんなから賛同を得てやる。……その時は絶対に「クソ記事」なんて言わせない。



「……というわけで私は宮選手を追うと決めています」
「高1の時同じクラスだったんだ。……なるほど、なまえちゃんが1度も宮選手を取材しなかったのはそういう意図があったのね」

 高校時代の出来事を話し終えた時、柄長先輩は怒るでもなくただ関心したように「全然気付かなかったぁ」と呟いた。組んでいた腕をほどき、腰に移動させ「そっかぁ。そういうことかぁ」と独り言のように続けるのと「もう私1人じゃ限界です……!」とあかねちゃんが涙目で飛び込んでくるのは同時だった。

「木兎選手の暴走を私だけでは……無理ですっ」
「あ、ごめんあかねちゃん。1人じゃ大変だったよね」
「いえ、夢のような空間でした。でもさすがに色んな意味で限界で……というかみょうじさん、体調大丈夫ですか?」
「うん。ごめんね、取り乱しちゃって」

 試合後と同じくらいのテンションでトイレに駆け込んできたあかねちゃん。その顔が私の体調を気遣うものだったので、事の真相を打ち明けることにした。これから一緒に働くんだし、あかねちゃんにも知っておいてもらった方がいいだろう。

「だからみょうじさん宮選手を見る時だけ目の色が違ったんですね」
「確かに。今思い返すとパパラッチみたいだった」
「言いえて妙かもです」

 パパラッチか。確かにそれに近いかもしれない。……というか、“記者としてあるまじき”と怒られることを覚悟してたのに、柄長先輩はその様子を見せない。それどころか、あかねちゃんの「これって宿敵の相手的な熱い展開……?」と変に燃える様子に「確かに。それくらいの熱量を持ってるんだったら、逆にアリかも」と賛同している。

「アリかも――とは?」
「ブラックジャッカル密着担当」
「……は?」




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