鳴り続けるゴング

 日向選手おすすめだという牛タン屋さんは駅から離れた場所にあるこじんまりとしたお店だった。隠れ家的な作りのおかげか、人も私たち以外には誰も居ない。

「ようこそ! 俺主催ブラックジャッカル牛タン会へ!」
「いや主催してるのは木っくんとちゃうから」
「え、でも声かけたのは俺だよ?」
「あっじゃあこの店紹介したのは俺です!」
「じゃあ俺と日向のブラックジャッカル牛タン会だ!」
「それやと俺だけ仲間外れみたいやんか!」

 御用達のお店なのか、店主はニコニコと3人のやり取りを聞きながら準備を進め続ける。対する月刊バリボーチームは腰掛けるなりテーブルの向こう側で始まったトリオ漫才に虚をつかれてしまった。口をポカンとさせているうちに“この食事会を奢った人が主催者”という決まりがなされ俺が俺がの大合唱となっていき、こちら側にもようやく笑いが湧き起こる。

「今回はインタビューも兼ねてなのでウチに持たせて下さい」
「えっ! 誘ったの俺なのに? いいの?」
「その代わり良い記事にご協力をお願いします」
「もちろん! じゃあとにかく乾杯!」

 柄長先輩の声掛けで食事会の主催者も決まった所で、ようやくウーロン茶での乾杯が行われた。席の順番はあかねちゃん、柄長先輩、私。向かい合うように座る選手側はあかねちゃんの前に日向選手、真ん中に木兎選手……そして、私の目の前に居るのは宮選手。どうして佐久早選手は来てくれなかったのだろうか。その思いは「臣さん誘ったけど“断固拒否”ってバッサリいかれちゃったんですよね」という日向選手の言葉によって切り伏せられてしまった。……確かに、佐久早選手ならそう言うだろうな。そのせいで3対3になってしまって、挙句の果てに目の前に因縁の相手が腰掛けている状況に陥ってしまった。……どうしよう、いざ目の前にするとまともに顔を見れない。

「なまえちゃんも稲荷崎出身だって、宮選手知ってました?」
「えっほんまですか。……なまえちゃん、なまえちゃん……うーん、同じクラスやったことあります? てか同い年?」
「……同じですね」
「そうかぁ。ごめん、ちょっと覚えてへんなぁ。なまえちゃん、インタビューとかしてこおへんかったよな?」
「そうですね。機会がなかったですし」

 宮選手が私の顔を覗き込んでくる。それに応じるように顔を上げた先、ぱっちり絡み合った視線を宮選手は微笑みながら「これからは同級生のよしみで色々訊いたって」と受け止めてみせた。……まともに顔を見れなかったのは、この感情が暴走しそうで怖かったから。――カン、とゴングが脳内に響く。

「いえ結構です。試合をじっくり観させていただければそれで」
「……ん? インタビュー、せぇへんの?」
「同級生のよしみで良くしてもらうほど思い出もありませんので」
「なんや俺、嫌われてるなぁ」
「っ、――「ちょっ、ちょっなまえちゃん? すみません、1人だけウーロンハイだったのかな? 少し酔いを醒まして来ますね。あかねちゃん、ちょっとよろしく!」

 私の慇懃な態度など洟も引っかけない様子で、なんなら楽しんでいるかの余裕すら見せた宮選手。その様子に逆に挑発されたようにカっと体温が上がるのが分かった。その勢いをそのまま口に出そうと思いっきり息を吸って吐き出す寸前、柄長先輩からトイレへと連行され「なまえちゃんどうしたの!?」と尋問を受けるはめになってしまった。

「許せないんです。アイツ」
「アイツって、宮選手のこと?」
「私のこと、全然覚えてない。……いやそれは別にいんですけど。あの、私のことなんて虫けらにしか思ってない顔。むかつく……! むかつく!」
「なまえちゃん、落ち着いて。一体宮選手と何があったの?」

 宮選手――宮侑との因縁は今から8年前に遡る。




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