シーズンイン

「なまえちゃん、EJPの取材どうだった?」
「運よく角名を捕まえられました!」
「おぉ、さすが。選手と同級生なのもジャーナリストとして立派な人脈だ」
「ありがとうございます!」

 お土産のうなぎパイを頬張りながら柄長先輩が自分のデスクに腰を据える。たくさんの写真や資料に埋もれるようにして鎮座するパソコンと向き合い指を叩いているその画面をちらりと覗けば、白くて小さい選手の写真が目に入った。どうやら柄長先輩はアドラーズの星海選手のことを記事にしようとしているらしい。柄長先輩は私の人脈を褒めてくれたけど、先輩の長年の取材で築き上げてきた人脈には到底敵いそうもない。
 メラメラと炎が見えそうな先輩の表情を盗み見て、私も気合を入れ直す。

 スポーツジャーナリストになりたくて専門学校に3年通い就職した出版社。1年目は“月刊ヤキュー”の編集を担当し、2年目の今年は希望していた“月刊バリボー”の編集担当になった。

 配属したての頃、柄長先輩と交わした言葉を思い出す。……あの会話から、もう数ヶ月も経つのか。

「なまえちゃんって出身稲荷崎だっけ」
「はい。一応バレー強豪校です」
「春高常連校だもんね。実は私、春高辺りから星海選手のこと目を付けてるんだよね。きっと私が1番乗りだから、いつかウチから自伝でも出してもらうつもり!」
「あはは。出してもらいましょう!」
「あ、てか。稲高ってことはなまえちゃんも春高経験者?」
「私は3年間とも応援団から外れちゃったんで」

 春高に1度も行けなかったことを話せば「これからはたくさん行けるね」と微笑まれ、大きく頷いたあの日。
 それから今日に至るまで、スポーツジャーナリストとして全国各地を飛び回る日々が続いている。それは大変なことではあるけれど、ずっと憧れていた職業でもあるし充実した毎日を過ごすことが出来ている。

「そういえば。シーズンの日程見た?」
「あはい。もうすぐそこですね」
「ね。毎年開催されてるのに、この時期になると未だにワクワクしちゃう」
「分かります。祭りが始まる前って感じですよね」
「そうそう!」

 星海選手の記事をある程度まとめ上げたのか、背もたれに身体を預けコーヒーを啜る柄長先輩。その手には日程表が握られていて、パソコンに向ける視線と同じ熱量でそれを眺めている。私も逃げ回る角名を捕まえどうにか聞き出したシーズンへの意気込みをまとめ上げ伸びをする。角名は取材をうまく逃げることで有名な選手だから、特集インタビューともなればファンが喜んでくれるだろう。本当に私の出身が稲荷崎で良かった。……と思いたい。

「柄長さん、みょうじさん。お疲れ様です」

 取材先から戻ってきたあかねちゃんに「お疲れ。V2の取材どうだった?」と出迎えると、あかねちゃんは大好きなアーティストのライブに行った後のような表情で「それはもう凄く……楽しかったです!」と声を弾ませる。

「……って、仕事なのに不謹慎ですかね?」

 顔をしぼませ叱られる準備をしているあかねちゃんを柄長先輩と2人で笑い、「仕事をそう感じられるのは良いことだよ」と告げる先輩の言葉にうんうんと頷く。全然不謹慎じゃないし、私だって毎日思ってることだ。

「そうだ。今度なまえちゃんとDESEOの取材行くけどあかねちゃんも一緒に行く?」
「えっいいんですか!」
「もちろん。都合が良ければ是非」
「やった! 嬉しいです……!」

 頬をポッと染め上げ手を添えるあかねちゃんに「まるで恋」と笑えば「あながち間違ってないかもです」と真顔で返された。……確かに、インターンで来るくらいだからあかねちゃんも本気でバレーが好きな人間だ。そういう人に囲まれて行う仕事はやっぱり楽しいし、充実しているなと思う。

「シーズンが始まったらもっと忙しくなるからね。覚悟しといてよ、2人とも」
「はい!」

 月刊バリボー担当になったばかりの頃はちょうどシーズンオフで、試合内容を記事にする機会は少なかった。色んな大会を経ては来たけど、やっぱりシーズンが始まるというのは特別なことに思える。……特に、私にとって今年のシーズンは数年の時をかけて待ち侘びたものだ。

 ようやく、夢が果たせる。




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