いつも通りが変わる時

 ブラックジャッカルの練習場に気まずい思いを抱えて行くのは何度目のことだろう。今回は史上最大の気まずさだ。ビールを飲み過ぎたせいで頭も痛い。柄長先輩はスッキリとした表情で仕事に向かって行ったというのに。柄長先輩め、人の恋愛話をツマミに美味しそうに飲んでたな……。

「おはようなまえちゃん!」
「うぅ……オハヨウゴザイマス」
「元気ないなぁ! 寝不足??」
「そんな所です……」

 二日酔いの頭に木兎選手の爆音は響く。キーンと金属音を響かせる脳内を指で抑え眉を寄せていると「俺のせいかもやから。木っくんあんま責めんといて」と余計な口出しをしてくる男の声まで響いた。

「俺のせいって? ツムツム何かしたの?」
「んっふふっ。まぁ。……まぁ、な」
「自主練に! 付き合わさせられまして!!」
「あぁ、なるほど。ツムツムも俺と同じくらい練習好きだもんな!」

 じゃあ今日も練習始めよう! と快活に笑ってコートに向かう木兎選手。これが佐久早選手だったら一発アウトだった。木兎選手が単純純粋のおバカさんで良かった。

「昨日飲み過ぎたん?」
「うるさい。誰のせいやと思うとんねん」
「当ててもええ?」
「……ハァ」

 だめだ調子狂う。宮選手の顔が直視出来ない。私やっぱりブラックジャッカル担当続けられないかもだ。

「今日も練習付き合うて」
「……なんで」
「ちゅうしたい」
「バカなんか? そんな理由ではい分かりましたて言うヤツ居ると思うか?」
「だってあん時のなまえちゃんものごっつ可愛かってん」
「そやから言うてキスすんのはわけが違うやろ!」
「うわ、まじかよ」
「……えっ」

 突飛な物言いに思わずツッコミを入れれば、その場に現れた佐久早選手にばっちり見聞きされてしまい血の気が引いてゆく。……やばいまずい聞かれたまずい。

「さ、佐久早選手っあの、違うくて」
「別にどうでもいい」
「臣くん、広めてもええんやで? スクープやで」
「どうでもいい。こっち来んじゃねぇ」
「えー、そんなこと言わんといて。俺のスクープやし高値になるはずやし」

 佐久早選手は「下衆な話すんな」と吐き捨て立ち去ってゆく。その後ろ姿を尚も追おうとする宮選手の背中を慌てて叩けば、宮選手はだらしない顔を浮かべて戻って来た。

「この話聞かれたの臣くんでホッとしてる?」
「まぁ。木兎選手と佐久早選手の現れる順番がアレで助かったわ」
「俺としては逆のが良かったけど」
「自分のスクープ押し付けたがんのおかしいやろ」

 宮選手の言葉に思わずツッコめば、それにすらだらしない顔で受け止める宮選手。「やっぱなまえちゃんのツッコミはええなぁ」と笑われると、私まで脱力してしまう。どうしようと思っていたことも、宮選手と話してみるとどうにかなっている不思議さ。……宮選手となら、これからも変わらない関係性で取材を続けることが出来るかもしれない。
 心の中にほんの少し希望が湧いた時、ポケットにあったスマホが震え着信を知らせてきた。相手を見てすぐさま耳に押し当てれば「佐俣です」と爽やかな声が届けられる。

「この間はどうも」
「こちらこそ。この前話してたトレーニングなんですけど。やっぱり大阪ですることにしまして。もしなまえさんの都合が合えばどうですか?」
「ほんまですか! 実は、月刊ヤキューの担当も兼任もすることになりそうでして」
「ほんまに!? それやったらちょうどええですね!」
「はい! それじゃあ今度是非伺わせて頂きます」
「お待ちしています」

 電話を切って早速スケジュールを確認していると、宮選手が「説明して貰える?」と割って入って来た。説明して貰える? とは――そう訊き返そうと宮選手を見つめた瞬間、思わず息を呑む。
 宮選手の顔が、初めて怒っているように見えたから。




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