深淵を覗く時

 月刊バリボーが発売された。SNSでの活動が宣伝効果を生んだおかげで、いつも以上に売れ行きが良い。上司やこの企画を発案した柄長先輩はとても嬉しそうだった。あかねちゃんからも「いつか私もやりたいです!」とキラキラした眼差しを貰った。

 この号は私にとっても、特別な一冊となった。



「また残ってる」

 最近ずっとこうだ。練習が終わった後も体育館の明かりが消えることはない。ひょこっと顔を覗かせれば、そこにはいつも居る選手の姿。今日の練習試合もコンディションが今一つ整っていない様子だった。本人はそれに対して言い訳することはない。1人で黙々とバレーと向き合っている。

「ほんまにプロよな」

 自分のセットで決めた得点は、全て自分の得点だとでも思ってそうな宮選手。それは自分のセットがいつでも完璧だという自信があるから。それだけの精度を自分に求める宮選手は、やはりプロの選手だと思う。だから、今回の月刊バリボーでは私が思った通りの内容を書いた。……ここに、誇張や捏造はない。

「ぼーっと居んねやったらボール出ししてや」
「あ、うん」

 転がって来たボールを拾い上げると、宮選手から静かに指示を出されコートへと近付いてゆく。
 私が投げたボールをセットする宮選手。私がどれだけ下手くそな放物線を描いても、10本の指で綺麗に触れボールを天井へと捧げてみせる。本人はそれでさえも納得がいかないのか、ふぅっと溜息を吐いている。
 何本かボールを上げた後、宮選手はユニフォームで汗を拭い体育館の端に座り込んだ。そこに置いてあったボトルに口を付けタオルに顔を押し付けた後、「スパイカーの得点も俺のモノ。……せやから、スパイカーのミスも俺のモノやねん」と呟いた。

「それは違う……うー……あー……でも、ここ最近のセットならそう思ってしまうんかもな。宮選手なら」
「ははっ、なまえちゃんはやっぱすごいな。記事の内容もどんぴしゃやったで」
「……ようやく念願果たせたわ」
「……俺も」

 月刊バリボーの特集記事。数名の選手の特集ページと、試合内容のページ。その試合内容の1部分。ここに私の念願がこもっている。

「コンディションを落とした宮選手、試合中も宮選手らしからぬセットが多くあったが3刀流のサーブそれぞれの精度を着実にあげているのはさすがといった所か。――さすがVリーグナンバーワンセッター。やったっけ?」
「最後勝手に付けんな」

 本当に“良い”って思った所。“記事にしたい”って思った所。ようやく宮選手のことを記事にすることが出来た。当初の予定とはちょっと違ってしまったけど、私の誇りに嘘は吐いていない。

「なまえちゃんはやっぱプロやなぁって思うた」
「え?」

 宮選手が目線で座れと促してくるので、隣に体育座りする。宮選手は目線はコートに向けたまま、「俺、ほんまになまえちゃんにならどんなこと書かれてもええ」と耳を疑う言葉を告げてきた。

「……死ぬんか?」
「変なフラグ立てるのやめて。ただそう思っただけや」
「なんでそんな信頼してくれるん?」
「だってなまえちゃん、いくら俺のこと嫌いやいうても嘘は書いてこんかったやん」
「それは……私の誇りに反するというか」
「なまえちゃんの書く記事は全部ほんもんや。せやから、なまえちゃんにならどう書かれてもええ」

 近くに転がっているボールに目線を這わす。……このボールを宮選手は追い続けてきた。何十年もずっと、ずっとひたすらに。そんな人がバレーにおいて紡ぐ言葉はいつだって本心で真実だったはず。

「宮侑だって間違ってへんかったな」
「……ん?」
「高校の時言った言葉。アンタの言ってた言葉もほんもんや」
「なんでそう思ったん?」
「だってアンタ、バレーを愛してるやん」

 愛という言葉を持ち出したことがちょっぴり恥ずかしくて、誤魔化すように笑った瞬間。唇に、熱くてカサついた感触が落ちた。




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