ストレート&カーブ

 今日の試合は少しだけ他のファンの方に申し訳なさを感じながら辿り着いた。このチケットを取るのにどれだけの労力を要すかはじゅうぶん理解しているし、これだけの良席ともなると値段も張る。それら全てを飛び越して届けられたチケットは、“私が手にしてもいいのだろうか”というほんの少し戸惑いを与え、それでもこうして再び訪れた体育館に足を踏み入れると、あの時の高揚が身を包む。

―なまえちゃん、次のホームゲーム来る?

 数日前に唐突に届いた侑くんからのライン。行きたいのは山々だけどチケットがご用意されず、大人しく家で配信動画を観ようと思っていた試合。そのことを少し指を震わせながら返せば、“ほんなら来て!”と無理難題を返され頭にハテナを浮かべたのも束の間。“チケットは俺が準備するから!”と続き、言われた通りの手続きを済ませば、一銭も払わずにアリーナ席のチケットが手元に来た。

「サムさんも居るかな」

 この前の出店では挨拶出来なかったし――と財布を準備しながらおにぎり宮へと足を運べば、お目当ての人物はそこに居た。“宮”と書かれた帽子を被り、黒いTシャツに身を包んでいるサムさんは遠目から見たら侑くんそのものだ。

「サムさん!」
「なまえさん。また来てくれはって」
「えへへ。今日はちゃんと挨拶出来ました」
「……そうですね。さ、今日はなんにします? なまえさんが食べまくってもいいように種類揃えてますんで」
「ちょっ、そんな食べないですよ……とも言い切れません」
「言い切れんのかい」

 サムさんのツッコミを受けたことに少し気恥ずかしさと嬉しさを感じつつ、前回よりも品揃えの多いショーケースを眺める。……今日は何を食べようかな。サムさんの作るおにぎりの美味しさを知っている身からしてみれば、このショーケースの中はたくさんの宝物で溢れているように思える。こんなことを口に出せば「言い過ぎやろ」と突っ込まれそうなので、心の中に留めるけれど。

「あ、なまえさんそろそろ」
「わ。ほんとだ……選手紹介始まっちゃいますね」

 おにぎりに悩み過ぎていると、いつの間にか試合開始時間が迫っていたらしい。前と同じくらいの時間に来たけど、手続きやらで思ったより時間が押してしまった。これだとおにぎりを食べる時間もなさそうだ。

「試合、観たってください」
「そうですね。今日はすごく良い席用意してもらいましたし」
「そうですか。それは良かったです」
「また後で来ます! って言っても、きっと売り切れてますよね」

 今日はアリーナ席だし、おにぎりは温かいうちに食べたいし。きっと無理だろうけど、試合終わりにもう1度足を運んでみよう。……やばい、選手入場始まっちゃう。サムさんに頭を下げ、小走りで指定席に駆け付ければ同じタイミングでブラックジャッカルのメンバーがコートに入場を始めた。慌てて椅子に腰掛け、もう1度コート内へと目線を向ければバチっと侑くんと目線が合う。

「……!」

 今のお手振りは私に向けられたものと思って良いのだろうか……。いやでも周りのファンも手を振り返しているし、これはファンサだろう。そう思いつつもそっと手を振り返してみせれば、侑くんはニカっと満足そうに笑う。侑くん、コートの中に居る時は本物のスーパースターだなぁ。
 そこから写真撮影やら始球式やらを終え、サインボールを投げ込む時間がやって来る。選手の名前が呼ばれると同時にファンが一斉に声をあげてアピールを行う中、明暗さんのボールは遠くへ、トマスさんのボールは近くに居た子供に、木兎さんのボールは一直線にスタンド席上段へ、佐久早くんのボールは反対側のアリーナへ。そうしてやって来る侑くんのボール。ひと際「ちょうだい!」という声が高まったのも束の間、侑くんの長い指がピッとこちら側を指差す。

「えっ」

 その指の先に私を選んだような気がしたと思えば、次の瞬間には私の手元にボールが届けられた。
 一瞬、歓声が遠のいた。招待までしてくれて、私に気付いてくれただけでなく、サインボールまでプレゼントしてくれるだなんて。……私、帰り際罰でも当たらないだろうか。
 ボールから侑くんへと視線を移せば、侑くんは既にコート内のメンバーとハイタッチを交わしていて、目が合うことはなかった。他のファンも続く犬鳴さんと日向くんのサインボールに意識を向けていて、私の手元に居る侑くんのサインボールだけが私をじっと見つめている。そのサインボールを私も見つめ返した時、サインだけではない文字を見つけボールを回転させれば、“なまえちゃんへ!!”という文字が書いてあった。……侑くんのファンサ、えげつない。続けざまに施されるサービスに目がクラクラしだす。……だめだ、試合始まっちゃう。
 大事にボールを抱え、始まったゲームに意識を向ける。そうして眺める試合は、動画で見る以上の迫力で出迎えてくれるから。私はまた一段とバレーにのめりこむのだ。



 今日も無事に勝利を収めたブラックジャッカル。インタビューは“ブラックジャッカルのビームウエポン”と名高い木兎さん。インタビュー終わりの“木兎ビィーム!!!”をファンと一緒にした後、端っこでクールダウンをしていた他のメンバーのもとへと駆け寄る木兎さん。佐久早くんはすごく眉を寄せているけど、木兎さんはまったくお構いなし。それらの様子を眺めつつ、選手が歩き出すのを待つ。今日は侑くんに色々してもらったし、そのお礼も兼ねて差し入れを渡したい。その思いで通路側に待機していると、ようやく選手がぞろぞろと退場を始めだした。

「うわ、」

 この時間がサインを貰ったり、差し入れを渡したりするのにうってつけなのは分かりきっていること。だからこそ、こうして一ヵ所にファンが密集するのは当たり前だ。みんなサインが欲しいし、選手と触れ合いたい。密度が一層高まった場所に居ると、段々申し訳なさが蘇ってきだす。私はこの席を他の人より苦労せず手に入れたし、サインボールまで貰った。この場までぐいぐい行くのも違うよな……。差し入れはスタッフに預ける手もあるし。
 そう思い、人の流れに逆らいながら密集地帯から抜け出す。サインボールを落としてないか確認した後、スタッフに差し入れを預けおにぎり宮に再チャレンジをしようとサムさんの元へと向かってみる。……まぁ結果は見るまでもないけれど。

「やっぱりだめでしたね」
「おかげさまで」
「また今度リベンジします」

 すっからかんになったショーケースに、ある意味期待通りだと笑みを浮かべれば、サムさんもゆったりとした微笑みを返してくれた。「試合、楽しめたみたいですね」と指差す先に居るのは、侑くんから貰ったサインボール。指名されたサインボールをぎゅっと抱え直し、「侑くんのおかげで」と答えればサムさんはもう1度瞳を柔らかく下げた。

「これからもツムのこと、応援したってください」
「はい! もちろんです」
「……アイツも喜ぶと思います」

 サムさん、侑くんの前ではぞんざいな態度ばっかりだけど、ちゃんと侑くんのこと応援してるんだなぁ。今日だけでサムさんの言動からたくさん侑くんへの想いを感じ取ることが出来た。……サムさんはきっと、とても優しい人なんだろうな。

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