「電車です」
「ほんなら、俺の車乗って帰ります?」
「え」
双子それぞれから帰りのことを訊かれて、“一緒に帰らないか”と同じことを言われた。そういう所も似てるのかな。あれか、これが双子のテレパシーってやつか? なんて馬鹿げたことを考える頭で必死に「いやでも、」と遠慮の言葉を紡ごうと努力してみる。
「時間まだあんねやったら今から店帰って夜の分準備するし、そしたら出来立て提供出来ますけど。都合はどうですか?」
「えっ! 良いんですか!」
そんな努力、こんな魅力的な言葉の前では無力だ。申し訳なさが1番にあったのに、あっという間に本能が口から飛び出し、気が付いた時にはもう遅かった。一拍遅れて「あ、いや、」と取り繕ってもサムさんを騙すことは出来ず、「ええですよ」と笑いながら返されてしまった。
「時間なかったら家まで送りますし――て言葉は要らんそうですね」
「お恥ずかしいです……」
「なんの。大事なお客様ですから」
「……侑くんもサムさんも、ファンサが凄まじいですね」
「まぁ。昔から俺もツムも互いに対抗心メラメラですし。ファンサで負けるわけには」
「じゃあ“おにぎり一生無料”なんてファンサはどうですか?」
「……俺の店、潰す気ですか?」
サムさんは他の従業員の子に手短に指示を出した後、荷物をまとめ「ほな行きましょか」と私に向かって声をかける。あれよあれよという間に一緒に帰る流れになってしまったけれど、本当に良いのだろうか。私なんてただの新参者なのに。
「あの、どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」
「……泥団子、」
「え?」
「……ツムと昔遊んだことあるて聞きました」
「あ、はい。1回だけですけど。ずっと忘れられませんでした」
「せやからです」
「は、はぁ……」
いまいち理由になっていないような気もするけれど、「それに、サインボール持って電車乗るんも不便やろうし。外寒いしちょうどええかな思うて」と続けられれば、それ以上の追及をする理由もないように思えた。
サムさんの車に辿り着き、助手席を案内されそうっと乗り込めば、サムさんは「寒っ。ちょお待っとって下さい。すぐエンジンかけます」と声をかけドアをバタンと閉める。そのまま駆け足でトランクを開け担いでいた荷物を押し込み、もう半周し運転席に辿り着いたサムさんは、また「寒っ」と言って身を震わせた。
「夜はやっぱ冷えますね」
「サムさん、上着の下Tシャツですか?」
「そうなんですよ。アホですよね、もう冬もすぐそこやのに」
「あの、良かったらお茶どうですか?」
「えっ、お茶ですか?」
「はい。時間ある時に飲もうと思ってたんですけど、飲みそびれちゃって」
口付けてないので――と続け鞄から水筒を出せば「水筒!」と目を見開かれた。……やばい、ちょっとおばさんっぽかった? ペットボトルにしとけば良かったかな。
「いやぁ、和みます。ええですよね、水筒。保温効果ばっちしやし」
「……ちょっとバカにしてます?」
「いやそんなこと! ほんまに思うてます。にしてもええんですか? なまえさんもなんも口にしてへんのやないです?」
「今から口にします」
「あ、そうか。ほんなら早よ飲んで行きましょうか」
コップにお茶を注ぎ、湯気立つそれを手渡せばずずず、と啜りながら「生き返るわぁ〜」なんておじいちゃんみたいな渋い声をあげるサムさん。……この感じ、どこかで体験したことあるような。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
「おにぎり、何が食べたいですか?」
「えぇ。なんだろう、まだ食べてないのを食べたいし、定番ものもまた食べたいし……」
「店着いてたっぷり悩んで下さい。なんでも出来立てご提供します」
「なんでもできたて……!」
「ははは、顔明るなった」
「すみません、想像したら空腹なことを自覚しちゃいまして」
「ふっふっふっ。なまえさんもメシのとりこですね」
水筒を鞄に戻すのと、サムさんが「やば。エンジンかけるん忘れっとった」と慌ててエンジンをかけるのはほぼ同時。そして「すみません、風量マックスにしますんで」という声と「――……首都高速道路、3号線が事故による渋滞を起こしており……」という道路交通情報の声もほぼ同時に響く。
「ラジオ!」
「あ、すみません。行きしな流しとったんそのままでした」
「ふふっ。良いですよね、ラジオ」
「……ちょっとバカにしてます?」
「いえ、そんなことは……ふふっ、でもすみません。正直、音楽とか流れてるイメージでした」
バカにしているわけでは断じてない。車の中はその人のものだし、その空間で何を聞いていても文句はない。ただ、和んだだけだ。それと、サムさんの見た目とのギャップに少し可愛いなと思っただけで。
悪意がないことは伝わったみたいだったけど、「若もんがみんな流行りの音楽知っとうわけやないです」とハンドルを握りながら呟く声は口先が尖っている。この顔、侑くんもサーブミスした時にしてたな。
「そうですよね、すみません。偏見でした」
「そうですよ。なまえさんかて水筒持ってたやないですか」
「あっ、やっぱり私のこと“おばさん”って思ったんですね?」
「なっ、違っ、」
「じゃあどういう意味ですか?」
からかうつもりで投げかけた言葉。それに対する答えは、信号待ちで停車した車の中で「似たもん同士やな思うて」とポツリと呟かれた。その言葉をうまく拾うことが出来ず、「え?」と訊き返せば「それに、俺の1個上の先輩だって田んぼ走る時はラジオ流しとうて言うてましたよ」とやけにドヤっとした顔を向けられた。
「そうなんですか。……え、ていうか田んぼ?」
「その人――北さん言うんですけど。農家なんですよ。米作ってはる人」
「へぇ! え、サムさんの1つ上ってことは24歳ですか?」
「そうなりますね」
「その若さで田んぼを……! なんだか、仙人のような方な気がします」
「ははは! 仙人て! でもちょっぴり納得やわ」
前を見ながら爆笑するサムさんは「はぁ、今度北さんに言うたろ」と楽しそうに呟いている。さっき、一瞬だけ寂しそうな顔をしてた気がするけど、暗がりだったし気のせいだろう。
サムさんの横顔を見つめながらふと思ったこと。米農家……おにぎり宮……おにぎり。……まさか。
「あの、もしかしておにぎり宮のお米って……」
「ふっふっ。北ファームブランド専属契約、です」
「おぉ〜!」
点と点を結び付け、1つの閃きに辿り着けばまたしてもサムさんはドヤ顔で迎え入れてくれた。サムさんのおにぎりの素となるお米を作っている方――北さん。サムさんいわく、“仙人”と当たらずとも遠からずな人。サムさんの先輩ってことはきっと、侑くんの先輩でもある。……北さんは、私の知らない侑くんも知ってるのかな。
「北さんに会ってみたいなぁ」
「なまえさん……そんなに俺のおにぎりのファンになってくれはったんですね」
「え。……あ、はい。そうですね」
「嘘です。調子乗りました」
「いや、本当にそうですよ。私は、既にサムさんの作るおにぎりの虜です」
「……そら嬉しいなぁ」
そう言って笑うサムさんの顔は、横からでも分かるくらい優しく緩んでいる。