サムくんと侑くん

 家の前で降ろしてもらい、「すっかり遅くなってしまってすみません」と申し訳なさそうにするサムくんに慌てて手を振る。こんなにも充実した時間を過ごせたのはサムくんのおかげなんだから、謝らないで欲しい。私こそ今から店に帰るというサムくんに家まで送ってもらって申し訳ないと謝れば「いやいや。こんな寒空歩かせる男ロクでもなさ過ぎるし」と真顔で言われた。

「ほんなら、あったかくして寝てくださいね」
「ありがとうございます。サムくんもお気をつけて」
「ありがとうございます。……それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 挨拶を交わしたあとウインカーを出して車を走らせてゆくのをじっと眺め、見えなくなった所でふっと息を吐く。楽しかったなぁ、今日。きっと忘れられない思い出になるんだろうな。がさっと音を鳴らす袋を見つめ、自宅へと足を向ける。……ラインも交換出来たし、今度サムくんにお勧めの調理法を訊いてみよう。

 家に帰り着いてすぐに手を洗い、スウェットを洗濯し、貰った野菜を保管して一息ついた頃。ふと思い立ってスマホを取り出す。サムくんもそろそろお店に着いた頃かな。今日のお礼も兼ねてラインしてみよう。そんな思いでスマホの画面を点けてみると“北さんとこの田んぼやん”というメッセージが届けられていた。

―今日行ってきたんだ
―へぇ。北さん、元気やった?
―うん。ものすごく良くしてくれたよ

 侑くんからのメッセージにポンポンと返事をしていると“うわずる。俺なんか良くして貰うた記憶より叱られた記憶のが多いのに”と嫉妬のようなラインが届いて、それにふふふと笑みが零れる。洗濯が終わった合図音が鳴り、洗濯機から水分を吸ってよりダーク色になったスウェットを取り出す。……これ、サムくんと色違いなんだよな。そう思えば思わずゆるっと垂れる頬。しばらくヘビロテしそうだ。

―俺もラインのアイコン変えようかな

 スウェットを干し、再び手にしたスマホにはこんなメッセージが届いていて“せっかく双子でおそろいなのに”と残念がると既読が付いた途端着信が鳴った。

「もしもし」
「今日、サムと一緒やったん?」
「うん。サムくんに誘ってもらって、一緒に行ったんだ」
「そっか。そらそうよな」
「うん。……電話、どうしたの?」
「ん? なんか、声聞きたなって」
「そ、うなんだ」
「うん。なまえちゃん、今何してたん?」
「今は色々」
「はは、ざっくりやな」
「侑くんは? 何してたの?」

 声が聞きたくなったという侑くんの声があまりにも優し気で、少し甘えるような声だったから、一瞬胸が早鐘を打った。それを宥めながら会話を続けると「今はレッドファルコンズのデータ見てた」と次の対戦相手の対策を練っていたことを教えてくれる。

「なまえちゃん、現地来おへん?」
「え?」
「移動費は俺が出すし。それにアランくんにも会わせたい」
「私も会ってみたいけど、」
「サムが北さんに会わせたんなら、俺がアランくんに会わせたる」

 この双子はこんな所でも競おうとするんだなとおかしくなりつつも、「ごめんね。次の試合はサムくんと配信で一緒に観る約束したんだ」と断りを入れる。アランさんに会ってみたい気もするけど、それはまた次の機会にでも。

「……そっか。約束なら仕方ないな」
「毎回誘ってくれて本当にありがとうね」
「ええって。俺がなまえちゃんに応援してもらいたいだけやし」

 侑くんの言葉は北さんの言葉とはまた違った意味でダイレクトに届く。その言葉たちは間違いなく私の心を震わせるものだけど、それは同時にサムくんの顔をちらつかせるものでもある。そのことを隠しながら侑くんと関わり続けるのは、侑くんにもサムくんにも失礼な気がした。……だから、ちゃんと確認しておきたい。

「今日ね、サムくんと一緒にじゃがいもを採ったんだけど」
「じゃがいもかぁ。サムが作るポテサラ絶品やねんな」
「ふふっ。それで、ふと思い出したんだ」
「何を?」
「侑くん……泥団子くんと一緒に遊んだ日のこと」
「…………そっか」
「あの日、一緒に遊んだのは侑くん――だよね?」
「…………、」

 決して即答とは言えない間を置いたあと、「そうやで」と呟く声は電話越しではとても小さくて。気を悪くさせただろうかと不安になったけど、ここだけは確信を持っていたかったから。

「そうだよね。疑うようなこと言ってごめん」
「ううん。構へんよ」
「私、ちゃんと侑くんの“今”を見るから」
「……今?」
「北さんに言われたんだ。侑くんの“今”を見てあげて欲しいって」
「……俺は北さんには一生敵わん気がする」
「ふふっ。だから次の試合、現地には行けないけどちゃんと応援するね」

 力強く言い切れば侑くんが「なぁ、」と投げかけてくる。そうして続く「俺とも1つ約束してくれへん?」という言葉に「どんな約束?」と問えば「次の試合、俺らが勝ったらまたデートして」という続きを放たれた。

「デート」
「こないだよりは動揺してへんね」
「侑くんの言葉の力強さに慣れてきたのかも」
「うわ、なんかそれフクザツやな。いつまでも新鮮味ある俺で居たい」
「魚みたいに?」
「そうそう。いつまでもピチピチで活きが良くて、まるでそう。カジキみたいな――てなんでやねん!」

 侑くんのノリツッコミに声をあげて笑っていると「そんで。デート、してくれる?」と今度は窺うような声色で問われた。乱れた呼吸を整えつつ「うん。約束」と返せば、「よっしゃ!! アランくんのことコテンパンに叩きのめしたらァ!」とはしゃぐ声が耳元でつんざく。そうと決まればアランくんのこと研究しまくるわ! と意気込む侑くんに「応援してる」と告げ、スマホを耳から離す。
 電話を終え、ホーム画面に戻るとそこにはサムくんにあの日お店で撮ってもらった写真が待ち構えていた。ホーム画面なら良いかなと思って、さっき車内で変えたんだった。その画面を見て、侑くんの顔を浮かべる。一緒に居ると、いつも私を楽しいという気持ちに引っ張って行ってくれる。私にとって侑くんは、そういう存在。

―なまえさん、もう寝ましたか? 今日はありがとうございました。おかげで今日はぐっすり寝れそうです。あ、貰うたじゃがいもですけど、直射日光の当たらん場所で保管してくださいね。

 新たなメッセージが届けられ、アプリを起動させると同じアイコンが2つ上に並んでいた。これは本当に紛らわしいなと笑いつつ“こちらこそ。貴重な体験も出来ましたし、ひとしきり笑わせてもらいました。今度一緒に試合観れる日を楽しみにしています。おやすみなさい”と返し、干してあるスウェットに目線を移す。……侑くんとサムくん。2人は双子で、アイコンも、顔も、笑顔もそっくりだけど。2人にはそれぞれの良さが別々にあるってことはもうじゅうぶん教えてもらった。
 スマホのホーム画面と、部屋に干されたスウェット。その2つの間で視線を揺らし、片方に視線を定める。過去だけでなく、今だけでない。そのどちらともを含めて見つめた今、私が2人に抱く感情はハッキリと違う。そのどちらにこの名前を付ければ良いか。……多分きっと、その答えももうすぐそこにある。

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