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 飲食店っていいなぁと思う。“食べる”という行為は生きていくうえで必ず行わないといけないことだし、私たちにとってなくてはならないもの。その行為を提供してくれる存在は、私からしてみればとってもありがたい存在だ。加えてそれが味・品質共に良いとなればなおさら。そういうわけで私は、少しでも時間が空くと“おにぎり宮に行こうかな”と思うくらいには常連になっている。

 午前中に入っていた用事を済ませ、スマホで時間を確認しながら電車の時間を調べる。……5分後にちょうどいい電車があるな、と思い駆け足気味に構内を歩きあっという間に辿り着いたおにぎり宮。小さい頃は自分だけではどこにも行けなかったのになぁというよく分からない感動は、“休業”の看板を見たことで終わりを告げる。

「そうだよね……」

 365日休まず営業なんて無理な話。“食べる”を提供する側にも“休む”という行為は同じくらい必要だ。それを勝手に“行けば食べられる”と思い込んでいた私が悪い。おにぎりは他の場所でも手に入るんだし、今日は大人しく帰ろう。

「……サムくんのおにぎり、食べたかったなぁ」

 ぐぅ、とお腹が小さな鳴き声をあげるのでそっと手を当て、誰にも聞こえない音量で本音を零す。他のおにぎりだって美味しいし、文句はないけど、やっぱり買って食べるならサムくんのおにぎりが良かった。……だめだ、こんな子供みたいな駄々はみっともない。

「帰ろう」
「あら。なまえさんや」
「わっ、サムくん……! ごめんなさい、いつまでも立ってたから邪魔しちゃいました?」
「いやいや。今からちょうど出かける所やってん。そしたらちょうどなまえさんが居ってビックリしました」
「そうだったんですね」

 戸の前に突っ立ってたから、影が見えて気を散らしてしまったのかと思い息を呑むと、サムくんはそうではないと車のキーをちらつかせる。確かに、肩には大きめのクーラーボックスが提げられているし本当に出かける用事があるようだ。だから今日は“休業”だったのかと看板の文字が腑に落ちる。

「食べに来てくれはったんですか」
「だったんですけど、また改めます」
「すみません。自分が“来い”て言うておきながら」
「いえ! たまたま近く通っただけですし! サムくんが気に病むようなことでは」

 そうだ。全部自分が悪い。おにぎり宮のサイトに行けばきっと休みのお知らせは載ってるはずだし、“食べたい”という欲望そのままに直行したのは私の落ち度だ。……今度からはちゃんと調べて来よう。

「それじゃあ、お時間取るのも申し訳ないですし。私はこれで」
「……なまえさん」
「はい?」

 反省と学習を行いながら立ち去ろうとしていた私をサムくんの声が呼び止める。そうして続けられる言葉は「今から行く所、北ファームなんです。もし時間があんねやったら、なまえさんも一緒にどうですか?」という誘いの言葉。思わぬ誘いに目を見開けば「て急ですよね、すみません」とサムくんが苦笑いを浮かべるので「行きたいです!」と慌てて返事をする。……おにぎり宮のお米が作られている北ファーム。仙人のような先輩、北さん。めちゃくちゃ気になる。

「……というか、私こそ急について行って大丈夫ですかね?」
「大丈夫やと思います。一応北さんには連絡入れますし」

 車の助手席に案内され、そっと乗り込むとサムくんがゆっくりとドアを閉めてくれる。そのあと後部座席に荷物を置き、もう半周して運転席に乗り込むサムくん。今回はすぐにエンジンをかけ、その後にスマホを取り出し「北さんに1本連絡しとってええですか」と確認を取ってくる。それに頷きながら“今日は長袖着てる”なんてふと思う。この前は“寒い”と震えていたけれど、さすがにもう長袖の季節だもんなぁ。サムくん、お店のユニフォームも黒だけど、私服も黒系統なんだ。私と同い年のはずなのに、サムくんはどこか大人びて見える。お店の経営者だし、侑くんよりも穏やかだからそう見えるのかな。

「はい。もう少ししたらお邪魔させて貰います。そしたらまたあとで」

 ぼぅっと眺めていた横顔がぱっとこちらを向く。……やばい、見つめ過ぎてた。思わず絡み合った視線にさてどうしようかと思い悩む間もなく、サムくんはにこりと笑って「北さん、“気ぃ付けて来い”やって。なまえさんが一緒なのも全然構わんそうです」と言葉を向けてくる。

「そ、それなら良かったです」
「にしてもまさかこんな形でなまえさんを北ファームに連れて行くことになるとは。人生分からんもんですね」
「確かに」

 本当に。どこでどう人と繋がるかは分からないものだ。たまたま見たテレビで泥団子くんと再会して、その双子のサムくんともこうして繋がりを持って。今からまた新たな繋がりを結びにゆく。誰かと関りを持つって良いことだ。

「そしたら行きましょうか。……あ、そうや。行きしなに良かったら」
「えっ! これ……!」
「いうて普通の塩むすびなんですけど」
「サムくんが握ったおにぎりが“普通”だったことがないんですけど」
「ふっふっ。そらそうかもしれませんね」
「あはは。サムくんにやけてる」
「自分のおにぎりをそういう風に言うて貰うたら、にやけるのも仕方ないです」
「でも、サムくんが食べるつもりだったんじゃ?」
「せやから4つ取り出してきました。良かったら1つ包み剥がして貰えませんか」
「分かりました」

 言われた通り包みを半分剥がし、それをサムくんに手渡せば器用に頬張るサムくん。うわぁ、1口が大きい。2口で1つ完食しそうな勢いだ。さすが男子。……にしてもサムくん、ものすごく美味しそうに食べるなぁ。

「もう1つ食べますか?」
「ありがとうございます。そやけど俺のこと気にせんと、なまえさんも食べて下さい」
「いえ。助手席に座る者としてこれくらいの気遣いはさせて下さい」
「……そのセリフ、ツムに聞かせてやりたいわ」
「えっ、侑くん?」
「アイツ助手席座っとう間なーんもせんのですよ。動画見るか寝るか喋り続けるか。車の往来なんか一切見もせん」
「そうなんですか? まぁでもそれだけリラックスしてるってことですよ」
「なまえさんはツムに甘いです」
「そ、そうですかね?」
「そうですよ。こないだもサーブのことベタ褒めやし。それにデートまでしたらしいやないですか。……そんなんアイツの調子乗せるだけや」
「す、すみません」

 サムくんの唇が尖っている。どうやらここでも双子の敵対心なるものが燃え上がっているようだ。私からしてみればサムくんのおにぎりのこともベタ褒めしているつもりだけどな。……今度からもっと褒めちぎろう。

「……あの。良かったら、俺ともライン交換しませんか」
「ラインですか?」
「はい。こないだ結局出来ひんままやったし」
「確かに。ちょうど侑くん来ましたもんね」
「……ライン交換しとったらお店が休みかどうかの確認も取りやすいやろうし」
「あ! それはありがたいです!」
「……ポケットにスマホあるんで取って貰うてええです?」

 指差されたジーンズのポケットに手を忍ばせれば「なまえさんこそばい」と身を捩られ「あっちょっ、動かれたらスマホ取れないです」と対抗し、それにまたサムくんが笑ってスマホを取るのにも一苦労だった。ちょっと触っただけなのにあんなに笑うだなんて、サムくんはくすぐったがりなのかな。もう少しで運転ふら付きそうなくらいだったし、次からは気を付けて触れよう……って触れることあるのかな。

 サムくんのスマホにサムくんの顔を認証させ、解錠した画面を言われた通り操作し無事にラインの交換を済ませる。……サムくんのアイコン、侑くんと一緒だ。2人して“MIYA”のユニフォームを着てる後ろ姿のやつなんだ。

「これ、2人の連絡先知ってる人間違えそうですね」
「アランくんからよおツム宛ての連絡来ます」
「でしょうね」

 アランくんから“紛らわしい”とよく突っ込まれると笑うサムくんに「それでも変えんのかい」とツッコミを入れれば、サムくんは声をあげながら楽しそうに笑っていた。

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