不在の存在

 侑くんから来るラインはいつも唐突だ。“なまえちゃん、平日でどっか空いとう日ある?”というラインが届けられ、首を傾げながらも数日後ならと告げれば、次に届いたラインには目を見開かされた。

―せやったらデートしよ!

 せやったらデートしよ……?
 あまりの唐突さになんと返せばいいか指を滑らせていると、侑くんから着信が入った。

「も、もしもし」
「デート! しよ!」
「でぇ……と、」

 文字で見るのも中々だったけど、こうしてダイレクトに言われるとものすごいパワーワードだ。思わずむせると電話の向こうで「なまえちゃん動揺ハンパな」とケラケラ笑う侑くんの声が響く。いやだってデートって……。あのデートだよね。え、他にデートって意味合いのやつなんかあったっけ。そんな風に回らない頭をグルグルさせている私に構わず「デートっていうても朝からは無理やねんけど」と話を前に進められる。

「練習終わり、一緒に映画でも行かへん?」
「映画、」
「うん。気になっとうヤツがあるねんけど。良かったらどう?」
「い、いいけど、」

 別に嫌じゃないんだけども。どっちかというと嬉しい。……けれども。

「周りの人にバレないかな? そしたら騒ぎになりかねないし、」

 侑くんはもう“泥団子くん”なだけじゃなく、“宮選手”なのだ。他の誰かと会うことに比べるとそう気軽に会って良い人じゃない。それが気になって言い淀んでいれば「安心して! 俺には秘策があるから!」とやけに自信たっぷりに答えられた。ここまで言い切れるのなら信頼しても大丈夫なんだろう。その思いに至り「それなら。是非」と返すと、電話の向こうから「よっしゃぁ!」という雄叫びが轟いてきた。間近で聞こえた野太い声に私の肩がびっくりしてしまったけど、そのすぐ数秒後には“楽しみだな”という気持ちが体全体を埋め尽くすのだった。



「お姉さん今ヒマ?」
「わっ……あ、侑くん……!」

 数日後。仕事終わりに待ち合わせ場所にしている駅で待っていると、帽子とマスクとサングラスをかけた侑くんから声をかけられ、一瞬肩がビクっとなった。……暗がりの中で見る3点セットはこないだよりも不審者に見間違えてしまいそうだ。そしてそれを分かった上でわざとナンパみたいな言葉をかけてくるから侑くんは質が悪い。

「もぉ、ビックリしたじゃん」
「あ痛っ。ごめんて。せやけど、これやったらバレへんやろ?」
「そうかもだけど……明るくないのにサングラスしてるのは逆に怪しい気もする」
「うぅん、それもせやな」

 確かにな、と呟きながらサングラスを外しそれを帽子の上にかける侑くん。……こんなこと言っておいてあれだけど、色素の薄いサングラス、侑くんめちゃくちゃ似合ってたな。というか侑くんの私服初めて見たけどものすごくお洒落だ。あれかな、顔が良いから何着ても様になるのかな。でも侑くんの場合はこのスタイルの良さも一因だな。……やばい、段々自分が隣に居てはいけないような気がしてきだした。もっと、高級な服着てくるべきだったし、髪の毛もメイクももっとちゃんとすべきだったな。どうしよう、私なんかが侑くんの隣を占拠しちゃうなんて全国の侑ファンの方に申し訳なさ過ぎる。

「なまえちゃん? なんでそない距離取るん」
「いや、なんていうか……」
「映画面白いとええなぁ。さ、早よ行こ!」
「わっ、」

 おのずと取っていた距離を侑くんは片腕1つで引き寄せ、肩がぶつかりそうなくらいの位置でニカっと笑いかけてくる。夜だというのに侑くんの存在はピカピカと眩しい。

「なまえちゃん、デートていうたから気合入れてくれたん?」
「えっ? えっと……その、」

 笑いかけて来た距離感そのままに、近い距離でじっと見つめられ目が泳ぐ。い、一応“デート”だし、そりゃいつもよりは頑張ってみたけど、そんなの侑くんの前じゃ無駄な努力程度だし。……恥ずかしいからあまり見ないで欲しい。

「いっつも可愛ええけど、今日は一段と可愛えぇな!」
「……っ!」

 嬉しい。嬉しいけれども。お願いだから言葉のオブラートを勉強して欲しい。殺傷能力が高すぎて目がチカチカしてしまうから。



 侑くんが観たいと言った映画はアニメもので、思わず「アクション系かと思った」と驚けば「こないだ移動中にたまたま見たんやけど。ものっそい面白ろかってん。そしたら翔陽くんが映画もやってること教えてくれて」とこの映画を選ぶに至った理由を教えてくれた。
 内容的に初見の人でも楽しめる内容らしいので、映画を観て面白かったら私もアニメを観ようと思いながら鑑賞した映画。

「ねぇ……こんな泣くなんて聞いてないんですけど……」
「うわ、なまえちゃん号泣やん」
「侑くんだって鼻声だから」
「いや俺かてこんな感動的なつくりやなんて聞いてへんし。翔陽くんズルイやろ」

 まさかソファで2人してティッシュを分け合う程号泣することになるとは。日向くん、こんなに泣ける話なら私にも教えといてよ。おかげでメイクぼろぼろだ。後で化粧室駆け込もう。

「あの〜……、もしかして宮侑選手ですか?」

 控えめにかけられた言葉。ちらりと見やった先に居る女子2人組は侑くんの顔面を凝視している。やばい、油断してた。侑くん今マスクもサングラスもしていないから、“宮侑”をモロ出ししてる状態だ。サーッと涙が引くのと女子の目線がこちらを向くのはほぼ同時だった。……まずい。2人きりで居る所を見られた……! 慌てて顔を隠すように逸らしてみたけれど、こんなの疑いに拍車をかけるだけだ。

「の片割れです」
「え?」
「僕たち双子なんですよ」
「ふ、双子……?」
「そう。僕の名前は治と言います」
「そ、そうなんですね……! ごめんなさい、私たちてっきり宮選手だと勘違いしてしまって」
「ハハ。よく間違われますから。ハハ。どうかお気になさらず」

 王子様キャラを貫き、2人組を見送る侑くん。……機転の利き方さすがだな。にしてもなんで王子様キャラなんだろう? サムくんのフリするなら、そのままのが良かったような気もするけど。

「どや俺の秘策」
「サムくんに今度から王子様キャラ演ってもらわないとだね」
「無理やろな」
「うん。今の侑くん見てたらそう思う」
「なっ! 俺めっちゃ爽やかやったやん」
「ははは! 目腫らしてたら爽やかとは言えないよ」
「……そら映画が悪い。ていうことは翔陽くんが悪い」

 さっきまでズビズビ泣いてたのに、もう笑い合っているこの空気感は嫌いじゃない。侑くんの傍はすごく楽しいな。

「まだちょっと時間あるな……せや、ゲーセン行かへん?」
「ゲーセン?」
「俺プリクラ撮りたい! もう何年も撮ってへん」
「私も。高校卒業してからは撮ってないかも」
「確か降りたとこにゲーセンあったよな」
「うん。でもこんだけ泣いた目で撮っても盛れるかな」

 ――なんて。そんな心配は現代のプリクラ機には不要だった。お金を入れ、背景を決めて撮影ブースに入り、やけに明るい照明に囲まれて撮ったプリクラには普段の軽く倍は見開かれた瞳と、ニキビ1つない美肌な自分が写っていた。侑くんがはしゃいで色んなポーズを決めるからそれに爆笑してばかりでまともなプリクラは少なくなってしまったけれど。どれもお気に入りの1枚だ。

「この侑くんめちゃくちゃギャルみたい」
「うわ睫毛えぐっ!」
「侑くん元々目がおっきいから、プリクラだともはや恐怖だね」
「現代の技術ハンパないな」

 俺の宣材写真これにしてもらおかな、と顎に手を当て呟く侑くんに爆笑しながら「いいんじゃない?」と応じる。そうすれば侑くんは「明日さっそく言うてみる!」とノってくるので収集がつかない。……もしここにサムくんが居たら。きっと、ツッコミが入ってもっと面白かっただろうな。

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