君に会いに来ただけだよ
見晴台の好きなところは、気軽に足を運べるところ……そう思っていたのに。何がどうなってこうなった。どうして私は昨日からクローゼットの中身を掘り返して念入りにスキンケアをして今日という日を迎えているのだろうか。鶴見さんのせいだ。
「はぁ……緊張するぅ」
“このくらいの時間”と言った時間よりだいぶ早く着いてしまった。心を落ち着かせる為に散歩でもしようかなと見晴台に行くルートを考えている時、視線の先に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「鶴見、さん?」
「おや、なまえさん。お早いですね」
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いやいや。普段からこうして散歩しておりまして」
「あ、そ、そうなんですね……」
私の為に早く来てもらったのでは――なんて焦りはただのおこがましさだった。鶴見さんと話していると、自分の未熟さみたいなのを感じて恥ずかしくなる。その恥ずかしさからまたしても顔を俯かせていると、「今日はこの後デートでも?」と言う鶴見さんの問いが私の顔を上げさせる。その言葉の意味が分からずハテナを浮かべれば、鶴見さんがふわりと笑いながらこう言った。
「失礼。今日の服装がとても可愛らしくて」
なんてことだ。初めて会った日から思っていたけど、鶴見さんは軽々と“綺麗”とか“可愛い”とか言う。そしてそれがチャラついた言葉にならず、こちらの気持ちを優しく撫でつけるような言葉として届いてくる。……この人、ズルいぞ。
「あっ。もちろん、前の服もとても似合っていましたよ。失礼なことを言ってしまったね。申し訳ない」
「いえ、そんなことは……。似合ってるなら良かったです」
「ふふ。好きな人には“1番素敵な自分”を見せたいものですよね」
「……そ、うですね」
その人が私にとって鶴見さんになりかけている――だんて、口が裂けても言えない。だって私たちはまだ会って3回目の、しかも数十分足らずの間柄なのだから。そんな人相手に先週から、いやもっと前から気持ちを弾ませているだなんて恥ずかしくて言えない。
「鶴見さんは、」
「ん?」
「お休みの日は何をなされているんですか?」
目的地が一緒だということは分っているので、自然と隣り合う歩み。スニーカーではなく少しかかとの高い靴を履いているのにキツくないのは、鶴見さんが歩幅を私に合わせてくれているからだ。そういうさりげない気遣いに胸を高鳴らせながら吐き出す質問は、この歩みのように自然なものとして捉えてもらえただろうか。
「こうして散歩したり、写真を撮ったり、あとは……和菓子を食べたりかな」
「和菓子。お好きなんですか?」
「えぇ。実は大好物です」
「ちょっと意外でした」
甘いものは苦手なのかなと思っていたから。そうぽつりと呟くと鶴見さんが「いい歳した男が……お恥ずかしい」と頬を掻く。その様子に慌てて「全然っ! 私も甘いもの好きだし、好きに年齢は関係ありません!」と返す。好きに年齢は関係ない――その言葉は別の意味で私の中に落ちてきた。
「そうですか? それなら良かった」
「え?」
鶴見さんが私の言葉を聞いて微笑んでくる。視線を合わせ意味を問うと「なまえさんと一緒に食べようと思って」と手に持っていた袋を開き中を見せてきた。その袋の中には、美味しそうな団子が数本。思わず「美味しそう……!」と出た言葉には「お気に入りの団子なんです」と鶴見さんの嬉しそうな声が返ってきた。
「普段は1人であの見晴台で食べるからね。今日はこんな素敵なお相手が居て嬉しいよ」
「……鶴見さんくらい格好良い方ならお相手の1人や2人や3人や4人」
「待って待って。多い多い」
そう言って鶴見さんが止めに入るけど、私からしてみたら50人くらい居てもおかしくないと思う。……もしくは素敵な奥様。チクリと痛む気持ちが滲んでいたのか、それに気付いていないのか。よくは分からないけど、鶴見さんが先回りするように「私にはそういう女性なんて1人も居ないよ」と苦笑する。
「え、奥さんもですか?」
「居たことないな」
「か、彼女さんも……?」
「1人寂しく和菓子を貪る日々さ」
「……嘘だぁ」
にやける顔を誤魔化すように冷やかしの言葉を吐けば「なまえさんのように素敵な女性には、想像もつかない日々かもしれないね」とあくまでも紳士的な言葉を返す鶴見さん。……こんな素敵な人にお相手が居ないなんて、嘘だ。……いや嬉しいけども。
「私だってそんな人、居ないです」
「むっ? そうなのかい?」
驚いた声をチラリと見上げ、表情を盗み見れば鶴見さんは「じゃあ私たちは“独り身友達”だね」と笑ってきた。友達……友達かぁ。
「あ、これはまた失礼だったかな?」
「いえ……。嬉しいです、友達」
まぁ今は。顔見知りから友達に昇格出来たことを嬉しく思おう。その気持ちを乗せて微笑みを向けた先で、鶴見さんも同じように笑ってくれるから。今はそれで良い。