指折る日々の始まり

 良く晴れた日曜の朝。こういう日はあの見晴台に行きたくなる。
 理由なんてなくても、あの見晴台は私を受け入れてくれるから気軽に行き易い。行きたくなければ行かないし、行きたければ行く。その距離感がなんとも心地良い。そんな感じのことを誰かに言えば、大抵の人が「意味が分からない」と呆れたように笑う。
 だけど。つい先日、この感覚を共有してくれた人が居た。その人とはほんの数分しか話さなかったけど、あの人のおかげであの見晴台のことがより好きになれた。

「また会えるかな」

 なんて。乙女みたいな期待を胸の中でひっそりと育ててみたり、みなかったり。



「やぁ。また会いましたね」
「うわ、」

 期待、予感、的中。まさかとは思っていたけど。もしかしてとは思っていたけど。こうして運良く再会出来るだなんて。人生うまく行きすぎじゃないか? いや、待った。男性だってこの見晴台の景色が好きだと言っていたし、きっと今までだって私たちは会っていたはず。だからこれは奇跡的というより必然に近い偶然と言える。……だからテンション上げてはしゃぐな私。

「どうかしましたか?」
「あ、いえっ、」

 律しているはずなのに緩む頬が抑えられない。唇をぎゅっと内側から噛み締める私の顔は、さぞ変な顔だっただろう。男性が心配そうに覗き込んできたので、咄嗟に顔を逸らす。尚も心配そうな表情を浮かべているのを感じとっていれば「鶴見課長〜!」と私の顔以上に緩みきった声が向こう側から響いた。

「私だけ先に降ろしてもらってすまなかったね」
「いえ! 鶴見課長を歩かせるわけにはいきませんから!」
「そうは言っても駐車場からここまでものの数十メートルだろう、宇佐美くん」
「へへっ」

 見た感じ私と同じくらいの歳だろうか。蝶のように長い睫毛を瞬かせ、口の左右に対称的なホクロを浮かばせる男性は、鶴見課長と呼ばれた男性の言葉にへにゃりと相好を崩す。……鶴見さん、というのか。

「あれ? こちらの女性はお知り合いですか?」
「あ、えっと」

 宇佐美くんと呼ばれた男性が私に気付き、視線を向けてくる。それを受けてさてなんて答えようと言葉をまごつかせていれば、「こちら宇佐美くん。この前話した写真の子です」と鶴見さんが間を取り持ってくれた。

「あ、写真を見せたいっていう」
「そうそう。あの後見せたんだけどね、結局実際に見てみたいって言いだすから」
「初めまして、宇佐美時重です」

 鶴見さんから肩に手を置かれた宇佐美さんが自己紹介をする。その言葉に「みょうじなまえです。この前鶴見さん、とここで話す機会がありまして」と事情を説明すれば「なんだ、そっか! 鶴見課長が女性と居るなんて、ビックリしましたよ〜」と宇佐美さんが笑う。女性と居るなんてビックリ? と宇佐美さんの言葉に首を傾げハッとする。

「違います! 決していかがわしい関係などではっ」
「ハハハ。いかがわしいって」
「え、あ……すみません、」

 咄嗟に出た言葉に鶴見さんが笑う。その反応が私と鶴見さんの経験の差を表しているようで、またカっと熱くなる頬。それを見られたくなくて顔を逸らせば、「なまえさんというんですね」と鶴見さんの言葉が再び視線を誘き寄せる。

「この前名前を聞きそびれてしまっていたから」
「で、ですよね。……改めまして、みょうじなまえと申します」
「鶴見篤四郎と申します」
「篤四郎さん、」

 下の名前は篤四郎と言うのか。ポツリと名前を呟けば「下の名前で呼ばれるのは少し照れますな」と鶴見さんが頭を掻く。その様子に自分がとんだ失礼をかましていることに気付いて「す、すみませんっ」と膝と頭がつくくらいの角度で謝罪をする。私はこの前から失礼ばかり重ねているな。

「私の部下のような謝罪はよしてくれ」
「部下のような……?」

 鶴見さんの言葉に首を傾げていると、宇佐美さんが「鶴見課長〜! こっち来てください」と手を招く。その言葉にふっと手を上げ応じた鶴見さんは「名前が知れて良かったです。なまえさんはまたこの見晴台に来ますか?」と次があるかを尋ねてきた。

「き、来ます! 来週の日曜日も! この時間くらいに!」
「そうですか。では良かったらまたお会いしましょう」
「え……、は、はいッ! 是非っ!」

 鶴見さんの言葉に喰い気味に応じれば、鶴見さんはもう1度ゆるりと笑って「では」と宇佐美さんの居る方へと足を向け立ち去って行った。……どうしよう。これってナンパ……? え、でも鶴見さんの場合ナンパじゃない……?




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