I care ( ) You


 その後も一通りボーダー基地内の案内をしてもらい、最後の場所だと案内してもらったのは対近界民戦闘訓練に使われる訓練室。ここはC級隊員が入隊式を終えてから1番はじめに行う戦闘訓練の場として活用されるらしい。

「いきなり戦闘なんですね……」
「まぁなんせウチは戦ってナンボの機関だしね。大体これで向いてるかどうかが分かるんだよ」
「……私は多分向いてない人なんでしょうね。ボーダーを何度も落とされるなんて、前代未聞でしょうし」
「まぁ、ボーダーを落とされる人ってのは大体がトリオン不足か犯罪歴のある人だからね」
「じゃあ私はトリオン量が極端に低かったんだ」
「さぁ、どうだろう? さて。ある程度紹介も終えたし、そろそろお昼にしようか」

 今日は食堂ではなく唐沢さんお勧めのお店に連れて行ってくれるらしい。唐沢さんのお店チョイスに外れがないことは知っているので、その言葉を聞いてはしゃげば「なまえちゃんは本当に分かり易いね」と可笑しそうに笑われてしまった。



「あら、唐沢じゃない」
「これはこれは」
「あら? あなた、見かけない顔ですね」
「えっと……初めまして、みょうじなまえです」
「なまえというのね。新入りかしら?」
「あ、最近ボーダーに入りました。今は唐沢さんのもとで営業補佐として働いてま、す」
「そう。これからもボーダーの力となれるよう、励みなさい」
「は、はい……!」

 ロビーで出くわした艶やかな黒髪が映える色白の美少女は、唐沢さんのことを呼び捨てにしたり、私にもなんというか……尊大な感じで接してくるからこちらも思わず敬語になってしまった。でもこの子、多分私より年下だよね……? そういう疑問が顔に出ていたらしい。それを読み取った唐沢さんが「紹介しておこう」と間を取り持ってくれる。

「あら、私ったら名乗りもせずごめんなさい。忍田瑠花と申します」
「忍田ってことは本部長と同じ名字なんだ」
「忍田は私の親戚です」
「……えっ!?」

 唐沢さんが進行を取り持とうとした矢先、瑠花ちゃんが話を始めたことで船頭を失ってしまった会話。疑問が疑問を呼ぶばかりで、私はおろおろするばかり。まさにぃの親戚に瑠花ちゃんって居たっけ? えっ私って本当に何にもまさにぃのこと知らないんだ……なんかショック。

「なまえちゃんストップストップ。これには事情があってね――……」
「ちなみに陽太郎という5つになる弟も居ますよ」
「まさか……まさにぃの子供……?」

 完全にパニックに陥る私を見て、唐沢さんの表情に焦りが帯びてゆく。1人は顔面蒼白、1人は右往左往、1人は泰然自若。もはや阿鼻叫喚に近い様を繰り広げ、どうにかその場を唐沢さんが落ち着かせ事の次第を理解する。……ボーダーって、私が思っている以上に根深い存在なんだ。ていうか、戸籍をいじれる唐沢さんって一体何者……?

「私てっきりまさにぃが結婚してたのかと……」
「まさにぃとは、忍田のことですか?」
「あっ……実は、まさに、忍田本部長とは幼い頃家が近くで」
「なるほど。ということはなまえは忍田の“とんだやんちゃぶり”を知っている訳ですね」
「……やんちゃというかなんというか……それはもう……ふふっ」
「その話、詳しく聞かせて下さらない?」
「もちろん! 前に芝すべりしたことがあって――……」
「えっ! あの忍田が……? それで?」
「それで――……」

 阿鼻叫喚を越えた後は、井戸端会議が待っていた。はじめは瑠花ちゃんの感じに驚いたけど、話してみれば普通の可愛らしい女の子で仲良くなるのに時間はかからなかった。ひとしきり会話を楽しんだ後、まさにぃに用があるという瑠花ちゃんと別れ唐沢さんと合流する。

「すみません……いつの間にか話し込んでしまってました」
「気に入られたみたいだね」
「……はじめはビックリしましたけど、事情を訊いてからだと立派な子だなって思います」
「そうだね。まぁ複雑な事情を抱えている子だから、仲良くしてあげてね」
「はい! というか、唐沢さん。戸籍をいじれるって……やばくないですか?」
「ん? ん〜まぁ、そこは、ね。俺そっちの方面にも顔が利くもんで」
「唐沢さんって……一体何者ですか……?」
「ここに来る前は悪の組織で金集めしてるような人だよ」
「……あはは! もうっ、冗談はやめて……え……う、嘘です……よね?」
「……ははっ、どうだろうね?」
「か、唐沢さん……!?」

 曖昧に笑って煙草を咥え口を閉じるもんだから、どこまでが冗談でどこまでが本気かが分からなくなってしまう。「唐沢さん……?」と何度も呼びかけ、それを曖昧に躱されながら辿り着いたお店で想像を超える料理の美味しさに舌鼓を打って。夢中になって箸を進めていれば、反対側に座っていた唐沢さんから「俺の謎はもういいの?」と可笑しそうに笑われて。

「き、気になってますよ!」
「食欲よりは関心低いよね?」
「〜っ、お、お腹空いてたし……ご飯が美味しくて……」
「はは。3大欲求の1つだしね。仕方ないさ」
「な、なんかスミマセン……」



 本部に戻って事務処理を終わらせた頃、気が付けば空はオレンジ色に染まっていた。日が落ちるのが早いこの季節は、気温が下がるのもその分早い。ボーダー内は空調完備で快適だけど、これから歩いて帰る外のことを思うと身震いしてしまう。

「結局夕方までかかっちゃったね」
「でも、明日は休みですし。久々にゆっくり出来ます」
「そうだね。俺も明日はラグビーでも観るつもりだよ」
「それっていつものことじゃ?」
「鋭いね」

 唐沢さんと話しながらロビーに差し掛かった時、「なまえ」と昼時に聞いた声が私を呼び止めた。その声に振り返り「瑠花ちゃん」と応じれば、「仕事はもう終わりましたか?」と投げかけられる。

「うん。今から帰ろうと思ってた所」
「……そうですか」
「どうかしたの?」
「いえ……その、」

 もじもじと口籠る様子を見て、ふと思う。瑠花ちゃんはもしかしたら誰かとお喋りしたいんじゃないかと。今日話してる時も、すごく楽しそうだったし。

「瑠花ちゃん、よかったらお茶でもしない?」
「……! 良いでしょう。ちょうど時間を持て余していた所です」
「ありがとう」

 ぱぁっと明るくなった表情を見て、思わず頬が緩みそうになる。それを抑えながら唐沢さんに「じゃあ私はここで」と告げれば、「夜更かしは駄目だよ」と釘を刺されてしまった。

「そういう唐沢こそ、ちゃんと休んでいますか? 忍田もそうですが、ここの上役はすぐ無理をするんだから」
「はは、仰せのままに。じゃあね、なまえちゃん」

 来た道を戻ってゆく私と瑠花ちゃんに手を振って見送ってくれた唐沢さんが、視界から消える間際に煙草を咥えるのが見えた。唐沢さんって隙あらば煙草吹かしてるけど、体は大丈夫なんだろうか。

「本当、ここの上層部たちは健康問題心配になるよね。唐沢さんも激務だしヘビースモーカーだし……。ちゃんと寝れてるのかすら危うい」
「唐沢のことです。自己管理はうまくしているでしょう」
「……それもそっか」
「唐沢はいつも口を開けば“ラグビーしてたから”ばかり。一体何の根拠なのでしょう」
「あはは!」

 本当だよ、唐沢さん。いくらラグビーしてたからって、無理ばかりしちゃ駄目ですからね。




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