Unknown Future


 瑠花ちゃんとすっかり話し込んでしまっていたことに気付き、ハッと空を見れば、オレンジが黒に吸われちらほらと星が瞬いていた。

「私ったらつい長話してしまって……ごめんなさい、なまえ」
「ううん! 明日は休みだし、私も久々に気軽に会話出来て楽しかった」
「で、ではもし良ければ、今度は一緒に陽太郎の所に行きませんか?」
「うん! 是非! 陽太郎くんにも会いたいな」

 1人で帰れますか? と心配そうな表情で見送る瑠花ちゃんに「私26歳なんで」と笑えば「しかし……」と喰い下がってくる瑠花ちゃん。その表情を不思議に思って首を捻っていれば「なまえ、まだ居たのか」とまさにぃから声をかけられた。

「そういうまさにぃこそ……って、あれ。唐沢さんも?」
「帰ろうと思った矢先で会議が入ってね」

 会議って……もう21時なのに。やっぱりボーダーに居る限り、不測の事態はいつでも起こるってことなんだろう。まさにぃと唐沢さんの雰囲気を見る限り、どうやら仕事はまだまだ長引くようだ。……ほんとに、ちゃんと休めているんだろうか。

「忍田本部長、先程の会議の件でちょっと」
「沢村くん、後は私がやっておくから。君はもう休みなさい」
「いえ、今は緊急事態ですし」
「だからこそ、休める時に休んで欲しいんだ。またいつ門が開くか分からない状況だしな。良ければ送って帰ろう」
「い、いえ! 私だって元アタッカーです。門が開いても対応出来ますし、本部長のお時間を割くわけには! ではこれで失礼しますっ」

 がばっと頭を下げてそそくさと立ち去ってゆく沢村さん。……あ、これ分かる。好きな人に対しての反応だ。……なるほど、沢村さんはまさにぃが好きなんだ。そりゃそうだよね。まさにぃの隣にずっと居て、好きにならない訳ないよね。……良いなぁ、沢村さん。まさにぃの隣にずっと居られて。

「なまえは? 今から帰るのか?」
「あ、うん……!」
「ならば送って帰ろう」
「えっ!? い、……いや、大丈夫」

 良いの!? と言いかけた口を閉じ、平気だと断りを入れる。急な会議が入ったり、沢村さんが“緊急事態”と言ったりする辺り、今ボーダーは何かの対応に追われているらしい。まさにぃと帰れるのはものすごく嬉しいけど、私だってまさにぃの時間を割くわけにはいかない。

「じゃあなまえちゃんは私が送って帰りましょう」
「え、や、大丈夫ですよ唐沢さん」
「実は今、三門市では至る所に門が開いている。今日も警戒区域外に門が開いて市民に被害が出たんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。俺たちはその対応に当たってる訳だけど、俺の仕事は当分ないからね。その点忍田本部長より時間はあるよ」
「なるほど……。じゃ、じゃあ……」

 唐沢さんの言葉に甘えようかと思った時、「忍田が送りなさい」と瑠花ちゃんの声が遮った。ぎょっとして瑠花ちゃんの顔を見れば「私も同行します」と意志の通った力強い声を続ける瑠花ちゃん。これはきっと、私と話したことをまさにぃに言ってからかうつもりだな。

「さぁ、行きますよ。なまえ」
「え、あ、あの……」
「はは。彼女のごり押しの力は商談にも使えそうだ。……では私はこれにて失礼します。忍田本部長、後はよろしくお願いします」
「……あぁ」

 大人2人を黙らせる辺り、瑠花ちゃんには本当に商談の才能があるかもしれない。……それにしてもまさにぃと一緒に帰る日がまた来るだなんて。夢みたいだ。



「忍田、川の水の上を走れるか試して警察を呼ばれたことがあるというのは本当ですか?」
「なっ……!? なぜそれを……」
「なまえから聞きました。私になんだかんだと言ってきますが、あなたも大概のことをしでかしているようですね?」
「……なまえ!」
「あ、あはは。ごめん、つい……」
「他の人に言ってないだろうな?」
「唐沢さんに……ちょっとだけ……」
「……ハァ」

 ハンドルを握りながら溜息を吐くまさにぃを瑠花ちゃんと2人で笑う。でもこれって、まさにぃが過去にやってきた紛れもない事実だし。私は楽しい思い出として残ってるし。その時に出来た擦り傷だって、今でも楽しい思い出の1つだ。

「それにしても瑠花ちゃんがまさにぃの親戚だって聞いた時はビックリしたなぁ」
「事情が事情だから、周囲にはあまり言ってないしな」
「私てっきりまさにぃが結婚したのかと思ったよ」
「け、結婚はまだ……というか、予定もないというか……」

 口籠ってゆくまさにぃの言葉を継ぐように、「働き詰めの男ですよ? 当分は無理でしょうね」と言い切り鼻を鳴らす瑠花ちゃん。対するまさにぃは困ったように曖昧に笑うだけ。

「ずっとボーダー尽くしなの?」
「そりゃもう。上層部皆、休日返上なんて当たり前です。林藤……玉狛支部の支部長が唯一休みをうまく使っているようですが」
「へぇ。そっかぁ、そうだったんだ」
「……なんだ、なまえ。その顔は」
「ううん、大変だなぁと思って」

 もしかしたら、会えない間に恋人を作って結婚だってしてるかも……って何度か思ったこともあったけど。この様子だとそれはなさそうだ。まさにぃは昔からずっとボーダーに夢中だったってことなんだろう。……私のことを思い出して“元気にしてるかな”とか“何してるかな”とか、思ったこともないんだろうな。そのことを寂しいと思うのも事実だけど、それくらい尽力してきたボーダーがここまで大きくなって、今日も市民を守って、そのことに誇りを持ってるまさにぃを私は格好良いと思う。

「そういうなまえはどうなんだ」
「私?」
「なまえももう26だし、そういう相手は居ないのか?」
「私も。そういう気持ちにもなったことない」
「そうか……」
「何です2人して。色気のない人生ですね」
「る、瑠花ちゃん……」

 2人して瑠花ちゃんにバッサリ切り伏せられ、互いの顔を合わせて笑い合う。そういう気持ちになったこともないって言ったけど、ちょっぴり嘘だ。“まさにぃ以外の人に”って言葉を隠してる。まさにぃには何よりも夢中になれるものがあったかもしれないけど、私の人生でまさにぃ以上のものは未だに現れてない。

「人生なんて何が起こるか分からないんですから」
「……そうだね」

 瑠花ちゃんの言う通りだ。諦めていたボーダー入隊も叶ったし、まさにぃとこうして再会出来たし、一緒に帰ることが出来ている。人生って何が起こるか分からない。





「ちゃんとあたたかくして寝るんだぞ」
「うん。送ってくれてありがとう、まさにぃ」
「あぁ」
「……あっ、そうだまさにぃ」
「ん?」
「連絡先、教えてくれないかな……。前の番号、使われてなくって」
「あ、そうだったな。前に携帯を真っ二つに……いや。――これが新しい連絡先だ」

 一瞬とんでもない言葉が聞こえた気がしたけど、私の携帯にまたまさにぃの連絡先が登録された嬉しさがそれを吹き飛ばした。

「ありがとう!」
「助けて欲しい時は連絡するように」
「うん……ありがとう。じゃあ、気を付けて帰ってね。瑠花ちゃんも、おやすみなさい」

 家まで送ってくれたまさにぃが見えなくなるまで見送る。……またこんな夜を過ごせるだなんて。……未来って視えないものだ。




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