Funny Dialogue


 長いこと不透明だったボーダーの金銭事情。その中身が唐沢克己という1人の男によるものだったとは。唐沢さんからは出来る男のそれが漂っていたけど、本当に出来る男だったんだなぁ、なんてちょっと失礼な再認識をする。

「唐沢さんの出張が多い理由、納得ですね」
「これからはなまえちゃんにもついて来てもらうこともあるから。なまえちゃんも多くなるよ」
「色んな場所に行けるのは楽しみです。……なんて言ったら不謹慎ですかね?」
「いや。なまえちゃんはそれで良い」

 直属の上司になってみたら余計に思うけど、人の心を掴むのがうまいのはやっぱり唐沢さんの方だ。唐沢さんはいつでも私のことを肯定してくれるから、この人と居ると嫌な気持ちにならないのだ。

「唐沢さんのスキル、私も盗まないと」
「ははは、盗まれるスキルなんて何もないよ」
「それは“俺に隙なんてない”っていう意味ですか?」
「……さぁ。どうだろうね」

 不敵に笑う唐沢さんからは計り知れない奥深いものを感じる。多少は唐沢さんのこと知っているつもりだったけど、やっぱりまだまだ知らないことだらけだ。

「さて、早速だけど週末には県外に営業行くから。なまえちゃんも準備しといてね」
「分かりました!」
「……ちなみになまえちゃん、お酒は得意かな?」
「お酒ですか?」



 唐沢さんが私にお酒が得意かどうかを尋ねてきた理由が分かったのは、取引企業との酒の場だった。

 私にとっては初めてのボーダーでの仕事で、それなりに緊張もしてたけど、私の仕事なんて特にこれといったものはなかった。逆にトリオン技術に興味があるという先方に、唐沢さんが基本的なことを説明するのを聞いて一緒に勉強したくらいだ。
 トリオン体やトリガーの説明を聞いて、4年半前まさにぃががれきを切ることが出来た理由が分かった。一体どこであんな能力を身に付けたんだろうとか、いつからトリガーはあったんだろうとか、たくさん疑問は湧いたけど、それは唐沢さんによって曖昧にぼかされた。
 商談を終え無事にスポンサー契約を取り付けいざ食事へ。そこで私は初めて唐沢さんが困惑する姿を目にした。

「唐沢くんも。ささ、どうぞどうぞ」
「あ、あはは……」

 唐沢さんはお酒が苦手らしい。勧められてもグラスを空けようとしない様子は、もはや意地に近いものを感じる。私が強ければ一手に引き受けることが出来るのに、悲しいことに私も酒の場には不慣れだ。強いかどうかさえも分かってないから、口をつけるのが怖いけど、多分私に求められる力はこういう場面での話。

「あ、わ、私「そういえば、先ほどの話で1つお伝えし忘れていたことがありまして」

 グラスを握りしめ、受け手に名乗り出ようとすれば、それを遮るように唐沢さんが話題を切り出した。その話題はトリオンに関するものなので、取引先も酒の行く末など忘れて話へと釘付け。なるほど、これが唐沢さんなりの回避術なのか。……お酒が飲めなくても、世渡りは出来るのだ。






「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。ボーダーの発展に我が社が関われること、光栄に思うよ」
「これからもそう言って頂けるように尽力いたします」
「期待しているよ」

 取引先がタクシーに乗って帰ってゆくのを見届け、唐沢さんがネクタイを緩め脱力する。私の出番なんてないに等しかったな……というかこの人、本気で凄い。こちら側の要求は全て通る形で契約を進めてみせた。

「初めての接待、お疲れ様」
「私なんて全然。何のお力にもなれず」
「なまえちゃんは期待通りの仕事をしてくれたよ」
「そんな……私なんて雑談するのが精いっぱいで」
「それが重要なんだって」

 通りを走るタクシーを捕まえてそれに乗り込む唐沢さん。シートに身体をもたらせ深く息を吐く姿は、初めて見る姿だ。疲れた姿なんて見たことなかったけど、見せてなかっただけだと思い知る。

「唐沢さんって大人ですよね」
「……なまえちゃんの言う“大人”って、疲れた人のこと指してない?」
「そんなことは……! ちゃんと唐沢さんのこと見て言ってますよ。話の持って行き方とか、喋り方とか、所作とか、雰囲気とか」
「へぇ。いつもは1人で交渉を進めるから、そうやって他人から見られてるのを知るとなんだか照れるね」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いいや。褒めてもらえて何よりだよ」

 綺麗な顔立ちで微笑まれると、途端に自分が口走ったことの恥ずかしさを自覚して顔を俯かせる。偉そうに評価するみたいなことしちゃった……。相手は上司なのに。

「これからはもっと大変な取引先に当たることもあるかもしれない」
「あ、はい。私もちゃんと頑張ります」
「ありがとう。でも頑張りすぎないでね」
「えっ?」
「パワハラ、セクハラ。色々あるかもだけど、そういうのから部下を守るのが上司の役目なので」
「あ、はい。……ありがとうございます」
「だから、なまえちゃんが無理して頑張ろうとしなくて良いからね」

 きっと、今日のお酒の場のことを言ってるのだろう。やっぱりあの時、唐沢さんは私を守る為に注意を自分に惹きつけたんだ。やっぱり唐沢さんって……。

「大人だ……」
「あはは! 褒め言葉として受け取っておくよ」
「語彙力がなくてすみません……」
「それに、万が一なまえちゃんを傷付けるようなことがあったら、俺は死んでしまうだろうしね」

 唐沢さんがとんでもないことを言うので、思わず咳き込んでしまった。さすがに上司だからってそこまで責任を感じることはない。ちょっと唐沢さんは背負い込み過ぎな気がする。

「あ、あのですね、私そこまでか弱くはないんです。私、小さい頃はどっちかっていうと、やんちゃな方でしたし。そこら辺に擦り傷作るような。そんな感じの」
「それとこれとは話が違うでしょう」
「そ、それはそう、なんですけど……。でも、あまりにも唐沢さんが気負い過ぎてるような気がして」

 申し訳なさから、当時のやんちゃエピソードを訊かれてもないのにペラペラ話せば、唐沢さんはとても可笑しそうに笑いながら訊いてくれた。

「へぇ、あの忍田本部長が?」
「はい、それに――……」
「それは良いネタになりそうだ」
「あ、それと――……」

 気が付けばまさにぃとの思い出話にすり替わっていたけれど、こうしてまさにぃとの過去を誰かに話せるのが楽しくて、嬉しくて。こうしてまたまさにぃとの繋がりが出来たことを実感出来て、口が止まらない。

「……あ、ごめんなさい。私、結局ずっと話し込んじゃいました」
「おかげで帰り道が楽しかったよ」
「……! そ、れは良かったです」

 帰り道が楽しい――あの頃の私がずっと思っていた感情。唐沢さんに言われて、ハッとする。私も、今日の帰り道は楽しかったな。またそう思える日が来るだなんて。




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