Event Trigger


 まさにぃとどうやって出会ったかなんて忘れた。きっかけすらも思い出せない。とにかく家が近くて、私とまさにぃには7つ歳の差があることだけは覚えている。

 小学校の授業が終われば、自分の家より先にまさにぃの家に寄って、まさにぃが帰って来るのを楽しみに待った。数時間後に帰宅したまさにぃを笑顔で出迎えれば、「また来たのか」と呆れ笑いを浮かべながら頭を撫でてくれた。

 まさにぃは意外とやんちゃな一面があって、時折一緒に悪戯をしては非日常の経験をさせてくれることもあった。それが楽しくて楽しくて仕方がなくて。まさにぃが送り届けてくれる家までの道のりは私にとって1番楽しい時間だった。

 いつでもまさにぃの後ろをついて回るような、“まさにぃと一緒に居ること”が好きだった小学校時代。その認識が少しずつ変わりだしたのは中学校に入ってから。小学生が足の速い子を格好良いと思うのと近いような、それでいてちょっと違うような。“男の子”じゃなくて、“男性”としての認識。
 周りが男女の付き合いを交わすようになりだして、「なまえは好きな人居ないの?」と訊かれて浮かんだのがまさにぃだった。中学生にもなれば恋もする。というか私は自分でも分からない時からずっと、“まさにぃ”が好きだったのだと認識を改めた。

 友達にまさにぃの存在を明かせば、「7歳上ってことは今大学生ってこと? なまえってば大人な恋してる!」と茶化された。大人な恋なのかは分からなかったけど、まさにぃはこのクラスの男子よりも、誰よりも大人びていて格好良いと思った。

「なまえ」
「えっまさにぃ!? なんで!」
「なんでって。たまには実家にだって帰るさ」
「そっか、そうだよね。それにしても、大学に入ってからは全然会えなくなっちゃたね」
「大学が……というか、色々と忙しくてな」

 高校卒業と同時に実家を出たまさにぃとは、前のように毎日会えることはなくなってしまっていた。だからたまに実家に帰って来るまさにぃと会えたら、その日からしばらく私の気分が上昇する。そしてそれを友達に茶化されるのだ。

「なまえは部活頑張ってるみたいだな」
「今度大会あるしね」
「そうか。それは頑張らないとだな」
「うん! いつか応援に来てよ」
「あぁ、そうだな」

 そう言って頭を撫でられれば、小学生の時みたいに満面の笑みで応えることなんて出来なくて。赤くなった頬を隠そうとそっぽを向いてもまさにぃは気付いていない。まさにぃと離れ離れになってしまったことが、私の気持ちに拍車をかけている。それをまさにぃと会う度に自覚するし、何なら独り暮らしをやめてまたご近所さんになれたらいいのにとすら思うけれど、まさにぃはまさにぃで独り暮らしを満喫しているようだ。

「まさにぃって最近忙しいの?」
「まぁ、な。新しいバイクも早く乗りたいし」
「バイク買ったんだ?」
「いいや。最上さんに譲って貰ったんだ」
「もがみさん?」
「あぁ、ボーダー……最近よくしてもらってる人さ」
「ふぅん? ね、いつかバイク乗せてよ」
「もちろん」
 
 もちろん――そう言って笑い返してくれたまさにぃはそれから先、1度も実家に帰ってくることはなかった。



 まさにぃが姿を見せなくなってから、もう何度も同じ季節を繰り返した。喧嘩別れで家出したとかそういう事情ではなく、大学生活その他もろもろが忙しいらしい。この情報も、まさにぃのお母さんから教えてもらったもの。教えてもらったアドレスにメールをしても返事なんてろくに返ってこないし、電話は何だが気が引けてかけられなくて。

 会えなくなればなるほど、余計想いを募らせるし何より毎日がつまらないと感じる。高校に進学しても、告白をされても、何をしても心が弾むことはなかった。私の大事な青春時代をまさにぃは見事に攫い、私の頭を埋め尽くしてみせる。

 まさにぃは今何してるんだろうとか、バイクでどこに行ったんだろうかとか。何をしていてもまさにぃのことばかりを想う日々。いつの間にかまさにぃと会ってない期間が一緒に居た日々の長さに迫り、もうそろそろ肩を並べようとしている。

 ねぇ、まさにぃ。私、今日で二十歳になったよ。まさにぃは今、どこに居るの? こんな風に会えなくなるのなら、あの時もっとゆっくり歩いて帰っていればよかった。まさにぃ、会いたいよ。

「会いたい……」

 欲望に背中を押されプッシュしたボタンはまさにぃの電話番号。返ってこないメールを送り続ける勇気もなくて、パッタリ止まっていたまさにぃへの連絡。今まで1度も電話なんてかけたことなかったけど、今日は誕生日だから。

 ボタンを押すまでに何度も深呼吸をして、押してからも心臓がバクバクうるさくて呼吸もうまく出来なくて。それでも、ただ一言、電話越しでも良いから「誕生日おめでとう」って祝って欲しくて。どんな形でも良いからまさにぃに会いたい。そんな願いを「おかけになった電話番号は現在――……」と無機質な声が打ち砕く。

「まさにぃ……。会いたい……」

 どれほど願えば、まさにぃに会えるのだろうか。



「なまえ……?」
「まさ、にぃ……?」

 どんな形でも良いから会いたい――確かにそう願いはしたけれど、まさかこんな再会になるだなんて。突然空にヒビが入ったかと思えば、そこから見たこともないような生き物が姿を現し街中を蹂躙していった。何が何だか分からないまま必死に逃げて、目の前にがれきが落ちてきてもうダメだと思った時。何度願っても叶えられることのなかった願いが叶った。

 もしかして私、今日死ぬ? なんて思ったけど、それはまさにぃによって防がれた。まさにぃは私を見て一瞬驚きはしたものの、すぐさまがれきを切り刻んで活路を見いだし暴れ回る生物へと向かっていった。

 まさにぃは昔から運動神経抜群ではあったけど、どうして初めて見る生物にあそこまでひるまず立ち向かえるのか、というかどうやってこのがれきを切ったのか。何にも分からなかったけれど、まさにぃの右腕にあったエンブレムには“BORDER”と書かれていたことだけは分かった。






 “第一次大規模侵攻”と名付けられた今回の騒動。その時に彗星のごとく現れ近界民を撃退し三門市を守ったボーダーはわずかな期間で巨大な基地を作り上げ、今では近界民に対する防衛体制も万全。

 何も分からない一般市民はボーダーという機関に様々な感情をぶつけた。ある人は称賛を、ある人は罵倒を。それらを受けながらもボーダーは着実に三門市に根を張り、今では一般市民からの隊員を募集している。

「ボーダー……」

 界境防衛機関ボーダー。そこにまさにぃが居る。




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