仏の顔も3度まで……?

「なまえ」

 やばい、これで3回目。次はない。大地の名前カウントは3回までというのが、私たち澤村ブラザーズの暗黙のルールだ。それは分かっている……分かっていても無理なものは無理ということ――それを大地も分かっている。

「みょうじなまえ!」
「わーっ無理! 寒いって! 無理!」
「無理じゃない! 学校行くぞ!」
「鬼〜っ!」

 というか。この男、花の女子高生の部屋に上がり込んで布団剥がしましたけど!? そこら辺の情緒一体どうなってるんですか!? なんて非難はした所で無駄。何せこのやり取りはもう何年も前から交わされているものだから。

「早く来ないと置いて行くからな」
「んー……分かった、ちょっと待ってて」
「まったく……どうせ遅くまで起きてたんだろ?」

 ぶつぶつと文句を言いながら「……本当に、置いて行くからな」と釘を刺し部屋から出て行く大地。3カウントも越え怒声も浴びた私がそれ以上のルール違反をすることなんて出来るはずもなく。のそのそと起き上がり制服へと着替える。

 私の家は昔から両親ともに忙しくて家を空けることが多く、私には兄弟も居なかった。だからお隣の澤村さん家にはよくお世話になったし、今でも家族ぐるみの付き合いは続いている。
 大地は妹2人弟2人を抱える大家族の長男。だからなのか、今では部活の主将をこなす立派な人間へと成長と遂げている。……そしてその傍で一緒に成長したはずの私は、今でも大地に起こしてもらうだらしのなさ。

「というかこれって大地のせいなのでは?」

 大地がお兄ちゃんっぽいのは私のおかげだし、私がいつまでも自立出来ないのは大地のせいなのでは? そんなことを寝惚けた頭で思ってみる。そういえばこの前大地の弟から「なまえが俺らの中で1番年下っぽいよな」と言われたっけな。澤村ブラザーズの一員として数えられるのは嬉しいけども。末っ子ってことは私は小学校低学年ってこと? ちょっと複雑だ。



 制服に着替え1階の居間へと降りていくと、お母さんお父さんと談笑する大地の姿が目に入る。馴染んでるなぁ、なんて思いつつも「おはよう」と告げ駆け込む洗面化粧台前。……寝起きの顔ひっどいなぁ。この顔を大地に見られているのかと思うとちょっと複雑な気持ちになるけれど、どうせ相手は大地だ。一生懸命化粧した所で気付かれない。
 顔を洗って歯を磨いて髪の毛を整える。アイロンの熱が上がるのを待つ間に「大地ー」と呼んで「今何時?」と確かめる。そうすれば「6時半」と返って来るので少しピッチを上げる。

「あと10分したら置いて行くからな」
「待って待ってあと髪の毛だけだから!」
「メシを食いなさい」
「おかーさん、おにぎりにして! お願い」
「そう言うと思ってもうしてる」
「さっすが! 私の母親!」

 向こう側で3人分の溜息が聞こえてくるけど気にしない。どうせ明日も交わすやり取りなんだから。適温になったのを確認してアイロンを滑らせていれば「何回見てもすげぇよな」と大地がこっちにやって来てじっと見てくる。

「ストレートアイロンだし、滑らせてるだけだけど?」
「そうなんだけど。……アイツらもいつかそういうのに興味持つのかな」
「だろうね。一緒に買い物行くの、今から楽しみだ」
「あんま買い与え過ぎるなよ。なまえはアイツらに甘すぎる」
「それ大地が言う?」

 鏡越しに目線を合わせ交わすやり取り。自分の弟妹に1番甘いのは大地だってこと、澤村ブラザーズ全員知ってますけど? という気持ちを視線に乗せれば、「さて。そろそろ出るか」と意地悪な返しをされてしまった。

「あ、待って大地! ちょっ、」
「朝からお邪魔しました。それじゃ行ってきます」
「いつもありがとね大地くん。これ、良かったら!」
「ありがとうございます! おばさんのおにぎり、すっげぇ美味いんで嬉しいです!」
「また明日も用意しとくから」
「すみません……、」
「すみませんって言葉はウチの娘から貰うから気にしないで」

 そんなやり取りが玄関先で聞こえる。それを聞きながら「大地、待って! ちょっと、」と慌てる声は誰も拾ってくれない。アイロンを片付け用意されたおにぎりを持って「行ってきます!」と吐き出し玄関へと駆け出す。そうすればその先で大地はちゃんと待っていてくれるから。やっぱり大地はなんだかんだ言って甘いんだよなぁとへにゃりと笑っていると「弁当は持ったのか?」と問われ固まってしまう。

「おにぎりしか持って来てない……」
「なまえー」
「ご、ごめん! すぐ取ってくるから! もうちょっとだけ待ってて!」

 大地の名前カウントがまた今日も始まる。

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