胸に手を当て考えよ

 すっかり暗くなったなと街灯の明かりを頼りに歩いていれば、突然耳元でしていた音楽が消え去った。

「わっ!?」
「……なまえ!」
「えっ大地? どうしたの?」

 名前カウントをすっ飛ばし浴びせられた噴火。目の前の大地はバレー部のジャージ姿で、少し息が上がっている。一体何事だ……? 何をしてしまった? これは澤村ブラザーズのルールその2、“大地が怒っている時は自分が何をやらかしたか胸に手を当てて考えよ”が当てはまる。……でも、考えてみても自分が何をしでかしたか皆目見当が付かない。あれか? それともこれか? なんて、考え出せば色んな候補が浮かび過ぎる。

「メール、見てないのか」
「メール? ……あ、ごめん。今見た」
「まったく……なんの為の携帯なんだ」
「もしかして……ずっと探してくれてたの?」
「……何かあったのかも、って思うだろ普通」
「ごめんなさい」

 試験が近いし、近くの図書館で勉強して帰ろうと思ったことが事の発端だった。集中する為に携帯をサイレントモードにしてたせいで、大地の“どこに居る?”“一緒に帰ろう”っていうメールに気が付かなかった。その後にも何通か“大丈夫か?”って心配するメールが届けられている。私はそれに気付かず呑気に音楽プレーヤーで音楽を聞きながら帰っていたというわけだ。
 かたや大地はそんな私を心配して部活終わりに私を探す旅に出ていたらしい。……心配、かけちゃったな。

「ごめんね大地。今度の試験、気合入れたくて」
「俺ももう少ししたら部活休みになるから。……一緒に勉強しよう」
「え、良いの!? やった!」
「その代わり。手加減はしないからな」
「うっ、」

 言い詰まる私を見てジト目を送る大地。大地は甘やかす所は甘やかすけど、ちゃんとする所はちゃんとする人だ。今回の試験勉強は手厳しく教えてもらうことになりそうな予感。……って、これも毎度のことか。

「私、大地の幼馴染で良かった」
「……なんだよ急に」
「んー。なんとなく。大地のおかげで赤点回避出来てるし?」
「はは、そこがおっきんじゃないだろうな?」
「どーだろー」
「コラッ、なまえっ!」
「わはは! 大地怖いって。……そうだ。コンビニ、寄っても良い?」
「コンビニって……家帰ったら飯あるだろ」
「ウチ今出張中」
「なるほど」

 私の家は両親が出張で家を空けることがよくある。小さい頃は大地のお母さんが「1人増えた所で……というかなまえちゃんはもう私の娘みたいなものよ」と朗らかに笑ってよく面倒を見てくれていた。今でも親が居ない時はご飯に誘ってくれることもあるけど、私もそれなりの生活力は身に付いている。いつでも甘えるわけにはいかない。だから出来る所は自分で――といっても、コンビニ飯が主だけれども。

「それなら俺ん家で一緒に食べるか?」
「んーん。ちょうど買いたいものあるし、コンビニで済ませようかな」
「了解」

 それ以上の追及もなく、大地と2人して歩む道のりをコンビニへと変える。特に盛り上がることもないけれど、それを気まずいと思うこともないし音楽プレーヤーに頼る必要もない。この沈黙が心地良い。やっぱり、大地が幼馴染で良かったって心から思う。



「なまえー」
「……い、良いじゃん。自分のお金だし」
「にしても買い過ぎだろ。お菓子の食べ過ぎは体にも良くないぞ」
「……でも、」
「なまえの“買いたいもの”って、スイーツのことだったのか」
「今日新発売なの! ミルク味とココア味! どっちか1つとか無理」
「飯食った後に食べるのか? こんな時間に?」
「ねぇ。なんでそういうグサっと来るツッコミだけはいっちょ前に出来んの? 大地のくせに」
「俺のくせにとはなんだ」

 ムッと唇を尖らせる大地にこちらは歯を見せ威嚇する。……確かにこの時間にシフォンケーキ2つはさすがにまずいか。大地にしては的確な指摘に少し迷ってからココア味を陳列棚に戻すことにした。……さようならココア味。また明日、きっと必ず。迎えに行くからね。心の中で切実なお別れを交わしていると、ココア味のシフォンケーキはすぐに人の手によって攫われていってしまった。

「えっ大地、甘いの食べるの?」
「仕方ないから半分こしてやる」
「うそっ、良いの!?」
「その代わり。飯もちゃんと食うこと。いいな?」
「はい!」

 元気良く返事をすれば、「誰よりも返事だけは立派なんだよな」と吹き出しながら私の腕に抱えられたお弁当とミルク味のシフォンケーキを手に取る大地。その行為に「ん?」と首を傾げてみせれば、「今日だけだからな」と注意するような口ぶり。……ねぇ、大地。

「大地の“今日だけだからな”私何回聞いただろ」
「……じゃあやめとくか」
「うそうそうそ! ご馳走になります! ありがとうございます!」
「お礼は成績で返してくれ」
「……ふぁ〜」

 ここで思い出したくないワードを出してくる大地。思わず奇声をあげれば「なんだその鳴き声」とまたしても吹きだす大地。その手の中では白と黒が仲良く隣り合っていた。

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