全集中している時は立ち入り禁止

 澤村家の晩御飯をご馳走になって、妹ちゃん達と毎週のお楽しみであるドラマに食い入るように夢中になる。そんな女子3人を弟2人が「ハンッ」と鼻で笑ってみせるが、女子3人の集中がそんなことで乱されることもなく。
 いつの間にか「あらぁ、この俳優、イケメンね」とおばさんまでもが加わり。そうして「ちょっと! 静かにして」という窘めを受けた弟たちが「男はこっちでゲームしよう」とおじさんの囁くような声によって別室へと誘われてゆく。……女子は強しだなぁとおかしさを抱えながら女子4人で仲良くドラマ鑑賞を終え、そろそろ帰るかと時計を見つめふと大地を思う。

 大地はご飯を食べ終えたら食器をシンクへと運び、その足で自室へと向かった。時計の進み具合からしてかれこれ1時間半は経っている。その間、大地は1度も顔を見せていない。
 バレーに全力。その為には勉強にも全力。進学クラスで授業について行くことは並大抵の努力じゃ出来ない。……その証拠に、大地はこうして帰宅後も毎日勉強を欠かさない。

 1人部屋を与えて貰ったから――大地はそう言うけれど、大地だけ1人部屋なことに文句を言う弟妹は居ない。澤村ブラザーズは本当にお兄ちゃんが大好きだし、みんなで力いっぱい大地の背中を押している。……私も、そんな澤村ブラザーズが大好きだ。



「だいちぃ〜……」

 本当は“食事後の大地の部屋はしばらく立ち入り禁止”というルールがあるけど、この前のお礼は直接伝えておきたい。その思いで控えめなノックと共に名前を囁いてみたけれど、反応はなく。今頃ドアの向こうでは椅子に正座して机にかじり付く大地が居るんだろうと思い描き少し口角を緩ませる。

 きっと今日も遅くまで勉強するんだろうと踏んで買っておいた栄養食品。本当はちゃんと「ありがとう」って言いたかったけど。……私たちにはまた明日がある。
 ドアの傍に置いておけば気付いてくれるだろうとビニール袋をそっと置けば、その物音で気付かれたらしい。「なまえ? どうした?」とドアの向こうからくぐもった声がした。……なんで私だって分かったんだろう。

「ごめん、置いて帰ろうとも思ったんだけど。これ良かったら。夜のお供に」
「おー、夜食か。サンキュ」

 会話の流れで立ち入る大地の部屋。男部屋だというのに綺麗に整理整頓された室内。下手したら私の部屋より綺麗なのでは? と少し複雑な感情を抱いていれば、「あんまジロジロ見るなよ」と困ったように笑われる。……いやいや大地さん。アナタ、女子部屋にズカズカ入ってるんですけど? なんで自分の部屋に入られるのはそんなに恥ずかしそうなんですか? いやまぁ大地は私の部屋ジロジロ見るなんてことしないけど。

「ふはっ半纏」
「半纏を笑うな」
「笑ってない笑ってない。似合ってるなぁと思って」
「……俺を笑ったってことか」

 ムッと唇を尖らせる大地。その言葉にはあえて返事をしないでおく。そうして曖昧に笑っていると、机に広げられた参考書が目に入った。……大地がバレーも勉強も頑張る理由、ちゃんとあるんだよなぁ。

「警察官かぁ」
「なれるかどうかまだ分かんねぇけど」
「なれるよ。大地なら」

 確証もないけれど、自信だけはある。だって、大地は今までたくさん私たちのこと守ってきてくれた。その範囲を市民へと移してみた所で、大地は大差なく守ってみせるのだろう。……制服姿の大地、早く見てみたいなぁ。

「本当か? 俺が警察官を目指すきっかけの1つはなまえだったんだから、その言葉、信じさせてもらうからな」
「えっ? 私?」
「なまえみたいな市民、放っておけないからな」
「……何ソレ。……ふふっ」
「また俺を笑ったな??」

 大地の口調は尖っているけれど、声色は半纏を着て丸くなった体形のように柔らかかった。大地はきっと誰よりも格好良い警察官になるんだろうな。

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