05

 翌日、執務室に顔を出せば「何故ここに居るのだ!?」と兄者の大きな声が耳をつんざいた。大体、ここに居ることにそこまで目を見開かれる謂れはない。

「なまえならワシの部下を護衛につけておる」
「あ、そう。……いや、逢引は?」
「は?」
「だから、デートぞ、デート」

 言い直されずとも理解している。目線で答えを返せば、「なまえが遊びに来ているんだぞ? 扉間がエスコートせず誰が木の葉を案内する」などという謎の理屈を押し付けられた。里の案内もワシの部下がするに決まっているではないか。兄者はどこまで甘ったれているのだ。

「あのなぁ、ワシは兄者の相談役だぞ。兄者の相談役というのがどれだけの激務を抱えているか、知っているか?」
「……けれどなまえは木の葉にとってはもてなすべき人物ぞ? それも一国の姫だ。相応の人間がもてなすべきだと思うがの」
「いっ…………」

 一体どの口が抜かす――という抗議は寸での所で押し潰した。兄者の言っていることは正しいことであるし、ここで下手に兄者に出て行かれるともっとややこしいことになりかねないと思い至ったからだ。兄者となまえの組み合わせほど肝が冷えるものはない。

「大丈夫! オレだって火影をやるからには仕事もきちんとこなす」
「……本当だろうな」
「あぁ! 前に休暇も貰ったしの。扉間よ、こちらは任せるがよいぞ!」

 ガハハ! と大きな口を開けて親指を立てる兄者。その様子がどうも不安を煽ってくるが、それが兄者の魅力でもあるのだ。木の葉は兄者の人柄によって大きくなった部分も多い。が、その分ワシに降りかかる苦労も多い訳で。

「……難しい所だの」
「なんぞ?」
「なんでもない。なまえのもとに向かう前に忍者学校についての資料だけ貰っておきたいんだが」
「……あ」
「もしや忘れていた訳ではあるまいな?」
「は、ハハハ……」
「兄者」
「すまん……」
「……ハァ」



「サル」
「扉間様!」
「何故ここに?」

 サルのチャクラを感知し、辿り着いた先は戦で命を落としていった者たちの名前を刻んだ慰霊碑だった。慰霊碑の前で佇むなまえから距離を取るようにしていたサルに近付き、ここに居る理由を訊けば「“旅の最後に訪れたい”となまえ様の希望でして」となまえの希望であると説明を受けた。

「扉間様、こちらにはいかなるご用件で?」
「あぁ、それなんだが。なまえのことは後はワシが引き受ける」
「……? しかし、護衛程度であればオレでじゅうぶん」
「なまえはワシのえ、……とにかく。ワシの客だ。任せてすまなかったな」
「いえ……扉間様が仰るのならば。オレはこれで」
「ご苦労であった」

 サルの視線に好奇心が浮かんでいることには気付かぬフリをして、サルの気配が遠のいた所でなまえへと歩みを進めれば「扉間様! よくお会いしますね」とへらりと笑うなまえ。“会う”のではなく“会いに来ている”のだが。いちいち訂正も面倒だと思い、なまえの隣で慰霊碑を見つめる。

「たくさんの方が戦いに身を投じてきたのですね」
「……あぁ」

 慰霊碑の前でばかりはなまえの呑気さも身を隠す。物憂げな顔つきを浮かばせるなまえの横顔から慰霊碑へと視線を動かせば、数多の名前達がワシを見つめ返してくる。
 
「ここに刻まれた者の中には骨すら拾うことも叶わなかった者たちも居る」
「ここに眠る方たちは名誉ある死を遂げたことは理解しております。……ただ、これ以上新たな名前が刻まれぬことを祈るばかりです」
「……同感だ」

 せめてもの供養を――と建てた慰霊碑だが、出来ることなら不要とする世界でありたかった。あらかじめ余白をとっておいた部分にはこれからどれだけの名前が刻まれてゆくのだろうか。……この世はきっと、いつの世も戦いなのだ。それをどうにか減らす為に今ワシらは動いている。

「此度の縁談に差し当たり、扉間様とはどのようなお方なのか色んな方にお聞きいたしました」

 なまえの言葉を受け、粗方の返答は想像がつく。ワシの所業は他所からしてみれば決して良いものではない。

「……ワシは恨みしか買っておらん」
「正直に申し上げれば、あまり良い評判は耳にしませんでした」
「では何故」

 周囲の評判を聞いているのであれば恐らく最底辺の人間に値するだろうに、何故ワシとの縁談を受ける気になったのだろうか。単純に己自身に関することを知りたいと思っただけで、なまえからの評価を気にした訳ではない。

「扉間様のことを語っているお方の中で、誰よりも本心が伝わってきたのは柱間様でした」
「兄者?」
「国にお越しいただいた時、柱間様のご家族について伺いまして。扉間様のことをとても褒めていらっしゃいました」
「忍がどうして自分の情報をぬけぬけと話すのだ……全く」
「ふふっ。やはりお伺いした通りです」

 指を唇に当て漏れ出る笑みを抑えるなまえ。しかし表情や気配からは隠しきれぬ朗らかさが垣間見える。「……どういう意味だ?」とつい続きを促してしまえば、なまえの瞳がワシを捉えゆっくりと細められた。

「“オレが何かする度に扉間が額に角を生やす”“口を開けば叱責か溜息ばかり”と」
「……ハァ」
「ふふっ」

 叱責に加え、今度は溜息が出た。意図せず兄者の言う通りになったことになまえは再び声を漏らす。……こやつ、こうなることを見越しておったな。仕掛けられたことにムッとしていれば、なまえが続きの言葉を紡ぐ。

「“扉間が冷静に物事を見据えてくれるおかげで里が安定している。オレの考えが及ばぬ所も扉間が手をまわしてくれているから、オレは火影で居られる”とも仰っていました」
「……よくもまぁ照れもせずのたまったものよ」
「とても嬉しそうでしたよ」
「ふん」
「柱間様が太鼓判を押されるのです。“良いお方”に違いないと確信いたしました」
「……己の目で見極めぬうちから決めつけるなど」
「しかし間違ってなかったと思います。こうして皆を弔う優しさを持ち合わせていらっしゃるお方なのですから」
「それだけで判断するのは早計だ」
「ですから、これからもっとたくさん知っていけると嬉しいです」

 なまえという女は不思議な女だ。呑気なのか芯が強いのか。目が離せない存在であることは……まぁ認めよう。


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