- 06
-
なまえを見送ってから3週間。縁談からはひと月が経とうしている。なまえとワシの関係に未だ進展はないが、国の交流は続いている。例として挙げるならばなまえが気に入っていた茶菓子屋。あの店の2号店をなまえの国で開くことになった。なんでも、そろそろ息子を一人立ちさせようかと思っていた矢先の話だったらしく、茶菓子屋の店主も喜んでこの話を受けた。
「扉間より先に茶菓子屋が結ばれてしもうたの」
「意味が分からん」
兄者が意味不明なのは常態なので、もはや相手すらせず書類に目を通し続ける。なまえが帰る日も「オレも一緒に行くぞ!」など喚いてひと悶着させられた。「里長が送り届けたとなれば、あちらもおいそれと兄者1人で帰す訳にいかぬだろう」という当たり前の説明でようやく引き下がったから良いものの。
とにかく、国との縁は無事に続いているし、このまま平行線を辿れぬものか。なまえとの縁談は当初に比べると前向きなものに捉えているが、やはり今のワシにそんな余裕はない。そうしているうちになまえに好い男が出来るやもしれぬ。それで良い……いや、それが良い。
「扉間よ、今度はお前の番ぞ」
「ワシの番?」
「扉間が出向く番」
「出向く? どこに」
「なまえのもとに決まっておろう」
さすがに往なせず兄者へと視線を動かした。ワシが出向く、なまえのもとへ。それはつまり――
「ワシになまえの国へ行けということか?」
「あぁ。“この前のお礼も兼ねて是非”とみょうじ殿から招待を受けておっての」
「まさか……」
「明日には出立するが良いぞ。……もしや、これが“アシスト”なるものか?」
アシスト? 勘違い甚だしい。余計なお世話というものだ。明日は久々の休暇日で、術の開発をするつもりであったのに。どうしてこうも邪魔ばかり入ってしまうのだろうか。
「なまえも扉間に会いたがっておるそうだぞ」
「……世辞であろう」
「なまえは世辞を言う女子ではなかろう」
「……ふん。ならばみょうじ殿の出任せだ」
「まぁそう卑屈になるな。それに、相手を知ることは大切ではないか。なぁ、扉間よ」
「……兄者にしてはまともなことを言う」
相手を知る――3週間前になまえも似たようなことを言っていたとふと思う。あの時のなまえの顔を思い返せば、不思議と兄者の申し出を受けても良いかという気になってきた。政治的な面でも知っておいて損はないし、おそらくなまえの国はとても良い国なのだろう。それを目で確かめるのも悪くはない。しかし、今1つ承諾の言葉を出せないのは目の前の男のせいだ。
「運営はどうする? ワシが居らん間兄者だけでやれるのか?」
「あぁ! どうにかなる!」
「どうにかなるのではなく「ど、どうにかする! これで良いぞ?」……マダラはどうする」
仕事においては言質を取ったとして。ワシが承諾を返せぬもう1人の原因を口にすれば、それは「案ずるな。オレは強い」と即答を返され黙るしかなくなってしまった。これに関しては兄者の言葉に異を唱えられるはずもない。
「分かった。みょうじ殿にも返事をしておいてくれ」
「おぉ! ついに腹を決めたかの」
「いいか兄者。多言は無用だ。“相分かった”これだけ伝えれば良い」
「しかし、「この話、やはり」……誰か鷹を飛ばしてくれ! 手紙をみょうじ殿の国へ! 早く!」
実際のなまえの国は一体どのような場所なのだろうか。行くからには体を癒せると良いのだが。*
「扉間様! この度はかような僻地にまで足をお運びくださり……」
「仰々しい出迎えは不要だ。ワシも私的に訪れておる」
「そのような訳にも参りませぬ。旅館を準備しております。ささ、どうぞこちらに」
「……相済まぬ」
なまえが木の葉に来た時もこれくらいのもてなしをするべきだったのだ。それをしていない手前、大名直々のもてなしを受けるのはいささか居心地が悪い。こみ上げる申し訳なさを詫びてみれば、「いえ! こうしてお越しくださっただけでもじゅうぶんありがたいことでございます」と更に腰を低くされてしまう。
「なまえが張り切っておりまして」
「なまえが?」
「はい。“私が扉間様をもてなす番”と、連絡を受けてから何度も申しておりました」
「そうか……。なまえは変わらんな」
「あの子が張り切ると不安が募るのが親心と申しますか……。どうかご無礼を働いたとしてもどうか寛大なお心でご容赦くださると……」
「慣れておる。ちょっとやそっとでは揺らがん」
「ハハハ、お見逸れいたしました」
笑った顔はやはりなまえに似ている。……いや、なまえがみょうじ殿に似ているのか。血の繋がりというのは、やはり良いものだ。*
「お待ちしておりました扉間様!」
「頭を上げよなまえよ。此度は私的な訪問に過ぎぬ。大袈裟な出迎えは不要だ」
「いえ、私がそうしたいのです。ささ、どうぞこちらに」
「いや、ワシはこちらで良い」
上座を指すなまえに逆らい下座に腰掛ければ、「扉間様……!」と父親の慌てふためく声がする。何度も伝えている通り、これはあくまでも私的な訪問だ。交渉を見越して優位に立とうという気持ちはないし、今となってはみょうじ家には相応の対応を取るべきとすら思っている。
「みょうじ殿が座られよ」
「そ、それが……」
「どうした」
もごもごと口籠る父親を不思議に思えば「本日は私が1人でご案内いたします」と隣に腰掛けたなまえが返事を寄越してきた。お互い下座に腰掛けるとはなんと不思議な位置取りだろうか。そのようなことも気にしていないなまえは「旅館で食事を摂った後は外をご案内いたします。夜にはこの旅館の温泉を味わっていただき――」と目を輝かせながら計画を並べ立て始める。
「すみませぬ扉間様……」
心底申し訳無さそうな父親に頷きを返せば、父親の顔が僅かに緩み「何かあればすぐにお申しつけ下さい」と言いながら姿を消した。ワシと自分の父親がそんな会話をしていることにも気付かず、なまえは行動予定を伝えることに必死な様子。
「――で、いかがでしょう。扉間様」
「あぁ。……楽しみだ」