03

 察するに相手方に木の葉を陥れようなどいう謀はないようだ。相手からしてみれば降って湧いたともいえるのだし。己の縁談も政治面に生かせるのだと思い至った矢先にこれでは、もはや出鼻すらなかった。全く嘆かわしい。

「なまえよ、茶菓子のおかわりはどうかの?」
「良いのですか?」
「勿論! オレも食べたい」
「では!」

 まるで孫と祖父。甘やかす者と甘やかされる者。兄者に孫が出来た時を思えば今から恐ろしい。もはや隠すこともしなくなった溜息を受け、父親が「お恥ずかしい限りです」と肩を縮こませてみせる。

「いや。こちらこそ火影がアレでは示しがつかん」
「いえいえ。柱間様はご立派な方です。対する私は小国とはいえ、一国を治める身でありながら跡継ぎさえままならぬ体たらく」
「5つになる子が居ると聞いているが」
「まだ5つです。あの子に政はまだ早い」
「……それもそうだな。兄者の年齢でさえ尚早だったかと不安になることもしばしばだ」

 これは縁談というより、親が子を見て不安を投げ交わす雑談の場に近い。このままこの話がうやむやになってはくれないだろうか。

「そういえばなまえよ、先ほどの口ぶりであれば“結婚はまだしたくない”という感じだったの?」
「いえ、結婚はしたいです。父上と母上を見ていれば素晴らしいものだと分かりますので」
「ならば何故今までの縁談を断り続けたのだ? 引く手数多だと聞いておるぞ」
「先程も申し上げた通り、“結婚したい相手と”結婚したいからです」
「ほぉ。ということは――」

 にんまり。鼻の穴を広げ鼻の下の伸びた顔はとても見れたものではない。何か声をかけられる前に腕を組んで視線を逸らしてみても、そんなもの兄者には意味のないこと。

「ではあとは若い者同士で! ささ、みょうじ殿」

 頑張れよ、扉間――肩に手を置いて囁いていった兄者からは感知したくもない嬉々とした気配が突き刺さってきた。若い者同士とは言っても、ワシはもう30を越えた男だ。今更浮かれるような展開でもない。

「扉間様」
「……なんだ」
「召し上がらないのですか?」

 この縁談が始まって初めてなまえから名前を呼ばれた。先の話から察するに、なまえはワシのことを憎からず思っていることが分かる。だが生憎ワシは初対面のなまえにそこまでの思い入れもないし、なんならこの縁談をなかったことにしたいとさえ思っている。無駄な期待をさせないように、不愛想を貫く。

「何を」
「茶菓子です。とても美味しいですよ」

 忘れていた。なまえは兄者にとてつもなく似た性格だったのだ。こういう人間は察してくれるだろうということを面白いくらいに察してくれない。

「ワシは甘いものはあまり好まん」
「では頂いても?」
「……あぁ」

 兄者によって“なまえはワシのことを憎からず思っている”ということを剥き出しにされたというのに、なまえはケロっとしている。そこで照れを見せられた所でこちらもどうしようもないのだが、どうも調子が狂ってしまうのは事実。これではワシの方が気にしているみたいではないか。

 低く喉を唸らせ気持ちを整えてみせれば、茶菓子に伸びていたなまえの手が止まり「あ、申し訳ありません……。はしたない、ですね……いい歳した女が」と気まずそうに居住まいを正す。
 縁談の席であるが故に、どうしても歳や健康面など相手方の事情が気になってしまう。しかし、見聞きしたところなまえは自分の意志で独り身を選んでいるようだ。……そこはワシと同じ。だからこそ、“歳”や“周囲の目”に囚われることを口にされるのは面白くない。

「食べぬ者と食したい者が居合わせただけの話であろう。そこに歳など関係ない」
「……そう、ですね。ありがとうございます」

 呑気なヤツだと思ってはいたが、こうも満面の笑みを浮かべている様子は初めて見た。花が咲いたように笑うヤツなのだな、なまえは。
 いつまでも「ふふふ」と笑みをたたえるなまえに得も言われぬ気分になって、つい「ほれ」とこちらから茶菓子の載った皿を差し出した。
 
「ありがとうございます。あぁ、やっぱり美味しい……! 木の葉は魅力ばかり溢れる良い里ですね」

 茶菓子1つで里の魅力まで説いてみせるなまえにはどうも調子が狂わされる。それがまたお世辞ではないことも分かるから余計に。もし今父親に万が一のことがあれば、なまえの国はなまえが仕切ることになるのだろう。…………危うさしか感じない。侵略を目論む他国が忍を遣わせれば、恐らくなまえの国はあっという間に他国の手に落ちてしまうのだろう。
 別にワシがそこを心配する義理も、どうにかしてやろうと思う温情もないのだが。

「この茶菓子はどこからか仕入れているのでしょうか……? 後で聞いてみようかな」
「……」
「扉間様? あ、やはりお召しになられますか?」
「お主は緊張というものをせんのか」
「こ、こういう場合は緊張し、頬を赤らめ愛い様子を見せるべきなのでしょうか?」
「……いや。要らぬ」

 今更愛い様子を――などと思い至った所でもう遅い。他人のワシがなまえの国の行き先を思い描き不安になっているというのに、当のなまえはこんなにも呑気に茶菓子に魅了されている。
 それが堪らなく不安で、どうにもこのまま別れるには気持ちが悪い。まるで兄者を相手しているような感覚なのだ。

「なまえと兄者は似ておる」
「本当ですか? あのようなご立派な方に似ているだなんて、とても嬉しいです」
「……そういう意味ではないのだが」
「えっ? 私の知る柱間様と別の方でございますか?」
「いや……なんでもない。此度の件はまたこちらより追って連絡する。今日はここら辺で暇させて貰う」
「あ、はい。今日はとても楽しかったです。貴重なお時間をありがとうございました」

 金銭的な契約を取り交わそうと目論んでいたが、的を射ない反応ばかりで毒気を抜かれ。兄者以上の能天気さを憂い“追って連絡する”などと次を匂わせてしまったのは、きっと兄者のせいだ。


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