08

「扉間よ、縁談に応じてくれぬか」

 匙を投げたくなった。無言で睨み返せば、「違うぞ。これはなまえの為でもあるぞ」とまたしても支離滅裂な言葉を並べ立てる兄者。

「なまえの為に何故ワシが縁談を受けねばならん」
「木の葉は大きいだろ? その里が小国とこうも密にやり取りを交わしているのが諸国からしてみれば面白くないようでの」

 契約も同盟も交わしていないのに、木の葉が一定の国と密接しているのは確かに良いものには映らぬだろう。納得はするが、“ほれみろ”という気持ちにもなる。だからワシは何度も“契約を交わせ”と進言し続けたのだ。なのに兄者は「しかしだの、」と渋り続け、今日まで来た。

「オレはなまえを応援している。だからこそ扉間よ、縁談を受けてはくれぬだろうか」
「これ以上の縁談はご免だ」
「そう言わず、」
「黙れ」

 脳内に色んな展開がぶわっと湧き起こる。兄者のせいによる部分が大きいが、契約を強く推し進められなかった部分はワシにもある。
 かんざしを贈ってみたり、マーキングを施しいつでもなまえのもとに駆け付けられるようにしたり。それらは一体何を意味するのかと尋ねられようものなら、理路整然と言葉を紡げるか不安すらある。

「……話は既に来ているのか?」
「あぁ。お前はキレ者だし、顔もオレの次に良いからの」
「そんなことはどうでも良い。……少し考えさせてくれ」

 合理的に考えれば、形だけでも他者と縁談を受けておいた方が良い。そこから政治的な繋がりが増えるやもしれぬし、縁談の相手がワシからしてみれば都合の良い相手かもしれぬ。

―結婚はしたい相手とするものでございましょう?

 毅然と言い放ったなまえが浮かぶ。

―家族が居ればより一層強くなれる。それに自分の子というのは愛くるしいものぞ

 兄者の言っていたことも分からぬ訳ではない。

―きっと私の方が扉間様のもとに駆けつけたくなるんだろうなぁ――なんて……

 かんざしに手を添え恥ずかしそうに頬を赤らめていたなまえの姿。

 血の繋がりの大切さや良さは分かってきたつもりだったが、なまえによってそれらを深く思い知らされている。なまえを無駄に傷付けることは出来ればしたくない。……考えれば考える程受けるほかないという結論に至る。それなのに“分かった”と言えず逃げたのは、「……なまえにどう説明したものか」この答えが見つからなかったからだ。


 
「扉間! 大変ぞ」
「なんだ。仕様もないことだったら殴るぞ」
「なまえが攫われた!」
「何!?」

 兄者の頼みから数日。仕事の隙間が出来る度に屋上で瞑想し、縁談の件を考えあぐねていれば、乱雑にドアを開けた兄者から息根を一瞬止められた。

「みょうじ殿から以前より相談は受けておったのだ。どうも他国が忍を雇ったらしい」
「何故そういうことを早めに伝えんのだ! 忍の見当はついているのか!?」
「聞く限り霧隠れの忍のようだ」
「……チッ」

 よりにもよって血霧の者か。あそこは他里の中でも1番質が悪い。霧の忍を選んだ国が何を狙っているのか――。最悪の事態を考えれば、金で収まる話ですらないのだろう。なまえの命が危ない。

「どこへ行く」
「決まっておろう。なまえを助けに行く」
「しかし木の葉が出向いたとなれば――」
「だから契約を交わせと言うた!」
「……それは、」
「……今この話をしている暇はない」
「扉間、」
「ワシ個人の話ということにすれば良い」
「どういう意味ぞ?」

 木の葉は関係ない。千手扉間が個人的な感情で起こした行動。決して政治的なものではない――言い訳がましいが、それで押し通せば良い。女に溺れたと揶揄されようとも構わぬ。ワシの名誉やプライドよりも1人の命の方が重く大事である。

「しかしなまえが今どこに居るかも……」
「マーキングはしてある」
「なんと!」
「こうも早く活用する日が来るとは思わなかったがな」

 甲冑を身に纏い、飛ぼうとする間際「任せて良いな?」と兄者が問うてくる。任せるもなにも。ワシしかなまえのもとへは行けぬ。それに、ワシが行かねばならぬという使命感が全身を覆っている気さえする不思議さ。

「すぐに戻る」
「あぁ。頼んだ」



「か弱い女子を縛らねばならんほど貴様らは弱いのか」
「なっ……! 何故貴様が……」

 飛雷神で飛んだ先は暗い洞窟のような場所。そこには縄で岩に括りつけられたなまえと、それを囲うようにして立つ3人の忍。3人程度とは詰めの甘さが窺える。

「扉間様……!」
「しばらく目を瞑っていろ。すぐに終わる」

 出来れば耳も口も塞いでいて欲しいが、この際仕方がない。ふぅ、と息を吐き忍どもを見据える。ワシの殺気を受けながらも意を決したように襲い掛かってくる所までは褒めてやろう。――されどたかが3人。そんな生ぬるさでよくもワシの怒りを買えたものだ。






「なまえ」
「……扉間様、」
「目を開いてはならん」

 手早く片付け、縄を解けばなまえの瞳がうっすらと開かれる。“開けるな”と言ったのに。体を使って後ろに転がる死体を隠してみても、なまえは意も留めずワシの体に縋りつく。

「扉間様ならきっと……駆けつけてくれると信じておりました」
「こうも早く飛雷神を使わされるとは思いもしなかったがな」

 返り血が付くのを嫌ってなまえの肩をそっと押しても、なまえはぎゅうっと力を込めて抱き着いてくる。「扉間様はやはりお強いのですね」と明るく振舞ってみせるが、密着する体がカタカタと震えていて、どれだけ怖かったかを訴えてくる。

「此度の一件は木の葉のせいによる。すまなかった」

 押し返していた力を緩め、なまえの頭に手を添え撫でつければ「扉間様……」と小さくなまえが呟いた。
 後ろに転がる死骸は本来ならば持ち帰り活用する所だが。今はそれよりもなまえを安全な場所へ移動させる方が先だ。

「扉間様から頂いたかんざしを心の拠り所にいたしました」
「……そうか」
「守ってくださり、ありがとうございます」

 へらりと笑うなまえの顔はいつもと違って少し固さがある。……なまえには似合わぬ顔だ。


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