日光浴日和だなぁと窓の向こうに広がる晴天を閉じた瞼で感じながら机に肘を着いてしみじみと思う。「あっ! 雅さんだー! まーささーん!」そんな俺の穏やかな思考を掻き消す様に窓際の席に座る彼女が大きな声を上げて騒ぎ立てる。俺の席の隣には嵐が居る。小さくて、それでいて威力の高い強烈な嵐だ。名前はなまえという。

「なまえ、うるさいんだけど」
「あら、鳴くん。起きてたの。寝てるかと思った」
「じゃあ逆に寝てる人が居るって分かってたんなら静かにしようとか思わないワケ」
「いーじゃん! 結果起きてたんだから! それに、もう次の授業始まるし!」
「いやだから!」
「あっ! 雅さんこっち向いた! おーい!」

 俺との会話を遮って運動場に居るらしい雅さんへと意識を向けるなまえにムッとする。……俺と会話する女子は皆目をキラキラさせて上目遣いとかしてくるんですけど? そんな俺をあしらって雅さんとの会話を優先させるって、ほんとなまえって感覚おかしいんじゃない? 雅さんから何かしらの反応を貰ったらしいなまえは満足気に次の教科の準備へと取り掛かかっている。なんだかその楽しそうな表情を見ているとモヤモヤとした感情が出てくるから、それを吐き出すようになまえへと言葉を投げかける。

「ねぇ、なまえ知ってる? 雅さんのタイプって、物静かな、ちょっと陰のある人なんだって」
「……へぇ」

 あ、しょげてる。

「なまえとは正反対だよね」

 更に追い討ちをかけてやる。俺の事を適当にあしらった罰だ。ちょっとは反省すれば良い。そんな事を思いながらなまえを見やると明らかにさっきより顔が暗くなっている。……少し、悪い事をした気がするのは何でだ?こんな気持ちになる原因が全く分からない。



「樹くん、ちょっと良い?」
「何でしょうか?」
「今日の練習メニューなんだけど」

 いつもだったら練習メニューの確認とかは全部雅さんに聞いているなまえが今日は後輩の樹に聞いてる。

 別に樹に聞いても良いんだけど、普段から雅さんにばっかり聞いてるから、雅さんが「俺の仕事を増やすな!」なんて怒ってる風景が広がってる筈なのに。そんで、それ見て俺が笑ってなまえを冷やかして怒るなまえ見てまた笑って、って。そんな風景が日常の筈なのに。なんで樹に聞いてんのさ。何でいつもみたいに騒がしく“雅さん雅さん”って言わないのさ。
 嵐の様ななまえとは似ても似つかない程に、今日のなまえは表情が暗い。……何故かって聞かれると思い当たる節は1つある。

 そして、その原因は俺。根源を作った事に今更ながら罪悪感が湧いてきて、どうにかしたいけど、どうしたら良いかが分からない。いつもみたいに笑っていないとなまえはなまえじゃない。

「樹、何練習サボってんのさ」

 どうなまえに接していいかが分からず、とりあえずなまえと喋ってた樹に声をかけてみる。でも、自分が思っていたよりも発した声が低くて自分でも内心焦る。でも、いつもだったらここで「ちょっと! 今私が樹くんと話してるの! 邪魔しないで! 雅さんに言いつけるからね!?」とかなんとか言ってくる筈のなまえは全く噛み付いてこない。その状況にまた1つ焦りともいえない気持ちがぷくりと沸き起こる。

「樹くん練習の邪魔してごめんね。助かった。ありがとう」

 取って付けた様な微笑みを浮かべて去っていくなまえにとうとう声をかける事が出来なかった。一体俺は何がしたいんだ。

「……なんだよ、」

 自分への情けなさと、いつもと調子が違うなまえ、どちらともにやるせなさを感じて吐き出す様に言葉を地面へと吐き捨てる。

「樹! 早くブルペン行くよ!」

 その調子で樹に対しても言葉を吐き捨てると「あ、はいっ!」と慌てた様に後ろを付いてくる樹が「なまえさん、なんか今日調子違いましたね」と今の俺にとってはえぐい角度からボールを投げ込んでくる。

 なんでお前こういう所だけ鋭いんだ、という感情を込めてちらりと見やると上目がちに「あ……、いやなんとなくですよ?」と言って、言葉を続けた。

「なんていうか……、いつもは元気一杯! って感じですけど、今日はおしとやか? な感じというか。大人しいというか……。さっきの鳴さんの横槍もいつもだったら、なんだかんだ言いつつも、反応してそのまま兄弟喧嘩みたいになるのにな〜、なんて……」
「兄弟?」
「え、はい」

 樹の言った言葉で1番引っかかったセリフだけを反芻する。

「兄弟って……俺となまえが?」
「はい。お2人のやり取り見てたらいつもそう思うんですよね。みょうじさんがお姉さんで、鳴さんが弟、みたいな。生意気言ってすみません……」

 そうか……兄弟か。樹のセリフでつっかえていた胸のわだかまりが溶けていくのが分かった。なまえの事は好きだけど、恋愛感情かって言われると首を捻ってしまう。

 でも何故かなまえに相手されないのはイラっとしてしまう。その感情が何なのかが分からなくていつもイライラしていた。俺には姉が2人居る。そのどちらもが俺の事を可愛がってくれる。そして、なまえの雰囲気はどこか姉の雰囲気と似ている。そのなまえが俺の事をどうでも良いように扱う事にモヤモヤを感じていた。あぁ、そうか。自分はなまえと接する時、姉に接する様な気持ちでいたのか。

「樹」
「はっ、はい!」
「お前、たまには良いリードするじゃん」
「え? は、はい?」
「悪ぃ、俺ちょっとなまえの所行ってくる!」

 昼に見上げた空を思い出す。今の俺の気持ちもあの時の天気の様に澄み渡っているような気がした。
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