「昨日は悪かった……」

 珍しい。鳴くんが謝ってくるなんて。ムスくれたような顔を浮かべている所が鳴くんらしいなぁ、なんて思って笑いがでてしまう。

「なんだよ、せっかく俺が謝ってやってるのに!」
「ふふ、ごめん。だって、謝ってるのに拗ねたような顔してるから。言葉と表情が一致しなさ過ぎてつい」
「……俺だって悪いって思う良心くらいあるっつーの」
「知ってるよ。鳴くんはなんだかんだ言って皆の事考えてるんだもんね」

 そう言って鳴くんと目線を合わせるとプイっと逸らされてしまう。こういう所が可愛いと思わせる要因なんだろうなぁ。

「なんか面白くねぇって思ってつい、なまえに意味の無い嘘吐いたけど、今はもうスッキリしたし、雅さんなら良いかって思うよ」
「ん?」
「いや、なんでもない。……あっ、てかなまえ! なまえって弟居るでしょ?」
「うん。居るよ。小学生の」
「ほらねー! なまえからお姉ちゃん臭してたもんね!」
「なに、そのお姉ちゃん臭って?」
「なんでもない」

 そう言ってはにかんでみせる鳴くんはいつもの鳴くんに戻ってる。うん。なんか、そっちの方が私も楽しいし、好きだな。

「あっ、てかなまえ。いくらヘコんでたからと言っても、昨日みたな凡ミスのオンパレードやったら、許さないからね!」

 あぁ。なんだろう。数分前の鳴くんがもう恋しいかも……。



「おっ、なまえ。今日は本調子に戻ったみてぇだな?」
「カルロスくん! 昨日は優しい言葉かけてくれたのに、断っちゃってごめんね?」
「悪いと思ってんならさ、今度デート行こうぜ?」
「そんな事言って、どうせオフは埋まってるんでしょ?」
「なまえの為ならいつでも空けるぜ」

 さすがモテる男は違うなぁ。昨日の私の態度に触れるでもなく、いつも通りに接してくれるなんて。その優しさが沁みる。カルロスくんがモテる理由はこういう所にあるんだろうなぁ。

「で? なまえ、デートしてくれるのか?」

 そう言って顔を覗き込んでくるカルロスくんからは色気しか匂ってこない。怖い、イケメン怖い。

「失礼しますっ!」
「ふはっ、また逃げられたよ。やっぱなまえ超楽しいわ!」



 カルロスくんの恐ろしい程のイケメンさに完敗を喫し、退陣しているともう1人のツワモノが現れる。どうしよう。本当は逃げたいけれど、もうバッチリ目が合ってしまっている。この状態でスルーなんてしようものなら後からどんなお咎めがあるか分かったモンじゃない。そしてなによりも何か言いたそうな右目が私を捉えて離してくれない。

「白河さん……あの、なにか……」
「……このドリンク味薄いんだけど」
「ひぃっ! 直ちに作り直しさせて頂きますっ!」
「……なんだ、いつものみょうじじゃん」
「えっ?」
「別に薄いって言っても飲めない程じゃないから、大丈夫」
「あっ、ほんと……? そのままで大丈夫?」
「うん。みょうじ、いつもありがとう」

 神様、今、目の前のお方から私は“ありがとう”という言葉を頂きましたでしょうか? 今、あの、白河くんから……“ありがとう”って、そんなまさか「なんか失礼な事考えてるだろ」……あっ、やっぱり幻聴ですね。はい。いつもの白河くんでした。

「そんな失礼な事考えれるなら、気遣い無用だな。昨日片付けたボール、1個拾い忘れてたけど、ちゃんと管理出来てるのか?」
「すみませんでしたぁぁ!!」

 やっぱり白河くんにも敵いそうにありません。



「雅さん! 雅さーん!!」
「あ、みょうじさん」
「樹くん! 雅さんは?」

 練習場には樹くんしか居なくて、雅さんは監督の所へ行っている事を教えて貰う。樹くんにお礼を言うと「い、いえっ!」と何故か照れくさそうに答えてくれる。樹くんのあたふたしてる姿はなんだか可愛いなぁ。

「あ、あの……」

 そんな樹くんの姿ににやにやしていたのが伝わったらしく、おどおどと様子を窺われてしまう。

「あ、ごめん。練習の邪魔しちゃったね!」
「いえいえ! あの、みょうじさんって、普段鳴さん達からよく絡まれてますよね」
「あはは、確かに。よく絡まれるかも。鳴くんとか特に」
「だけど、原田先輩には絡みに行ってるっていうか、なんていうか……怖くないんですか? 原田先輩って威厳があるじゃないですか?」

 そっか。樹くんからしたら雅さんは大先輩に感じるよね。……1個上の先輩があんなだから、余計に。

「んー、そうだなぁ。確かに顔は怖いかも。ゴリラ顔だし。だけど、私結構好きなんだよね。あの顔。それに、雅さんってなんだかんだ言って助けてくれるし、間に入ってもくれるじゃん? そこが頼りになるし、ちゃんと全体を見てる所もさすが主将だなぁって思うし。樹くんからしたら3年生だし、主将だし、キャッチャーっていうポジションでも先輩だしで、まだ怖いって思うだろうけど、多分接していくうちにいつの間にか好きになってると思うよ。実際私がそうだったから! 私も初めて会った時はね、「おい、後輩掴まえて何喋ってんだ」

 雅さんの事を思い浮かべて話していると止まらなくなってしまったらしい。その話がついに過去の事にまで遡ろうとした時、会話の中心自分物の声によって、それは遮られてしまう。

「雅さん! やっと戻ってきた! あのね!」
「また何か厄介ごと持ってきたのか」

 眉間に皺を寄せて決して穏やかとはいえない表情で見つめ返される。ちょっと、そんな顔を彼女に向けてしないで下さいよ。そんな思いを込めるとそれが伝わったのか、溜め息を吐いて「今度は何だ」って助けを出してくれる。なんだかんだ言いつつも助けてくれるし、頼りになる。そんな雅さんがやっぱり大好きだ。

「樹くん! こういう所だよ!」

 雅さんの腕を掴みながら樹くんに訴える。

「はい、分かります。みょうじさんと原田先輩の顔、すっごく幸せそうですから」

 樹くんはまた少しだけ照れくさそうに笑った後、頭を下げて練習へと戻って行く。なんか、ノロケを聞いてもらったみたいになっちゃったな。ま、いっか! 雅さんの良さが伝わったなら。

「雅さん?」
「なんだよ」
「あっ、照れてる!」
「照れてねぇ!」

 そう言って顔を背ける雅さんの表情は分からないけれど、振りほどきはしない左腕と、ほんの少し赤くなっている耳を見て、愛おしさが込み上げてくる。私は今とっても幸せだ。
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