見て見ぬフリは出来ず



 IH予選で青葉城西に負けて、引退してしまうんじゃないかと心配したけれど。3年生で話し合ってみんな残ることを決めたことを知った時、「やった!!」と叫んでしまったあの日。

 あれから菅原も澤村も、部活に勉強に毎日を忙しく過ごしている。私だって進学クラスで、勉強に力を入れないといけない人間。だからこそ、バイトの数も減らして調整をしている。
 3年生というのはそれくらいしないとダメだから。この自覚を菅原や澤村がしてない訳がない。その自覚をした上で部活動も続けることを選びきったあの2人を尊敬する。……ただ尊敬するだけじゃなくて、私も頑張らないと。

「みょうじ」
「あ、澤村。あれ、部活は?」
「今日は体育館点検で休み。だからココで勉強して帰ろうと思って」
「なるほど」
「図書室なら集中出来るかなと思ってさ。……古文?」
「うん。苦手なんだよね」

 小声で話しながら席を探し、ちょうど2人掛けのテーブルを見つけたので向かい合って座る。「あ。別の席のがいいよな」と慌てる澤村を制し、それぞれの参考書に向かい合う。私のが気を散らしてしまうんじゃないかと不安になったけど、目の前で物凄い集中力で問題と向き合う澤村を見ていると杞憂だと分かる。

「ん?」
「……あ。いや……も、問題につまづいててっ」

 スポーツマンゆえの集中力なのかなぁ、と見つめる視線に熱を注ぎ過ぎたらしい。ふと顔を上げた澤村とバッチリ視線が合ってしまって、慌てて取り繕えば、真に受けた澤村が「見せて」と言ってくる。

「ここなんだけど……」
「んー、ここは多分――」
「……な、なるほど」
「そんでここが――」
「ほえぇ」

 私より時間ないハズなのに。私にこうして勉強を教えてくれる。しかも、その説明がものすごく分かり易い。澤村ってやっぱり頭良いんだなぁ。菅原も私より成績良いし。……どうしよう。私部活もやってないし、バイトだってセーブしてるのに。全然ダメだ。期末テストだって近いのに。

「ありがとう! すっごく分かり易い」
「よかった。人に教えると自分の頭も整理出来るからいいな」
「……私、進学クラスで大丈夫かな」
「ん?」
「あっ、いや……なんていうか。部活もやってる澤村のが勉強も出来るのに、私なんて――って……ごめん……」

 人より少ない時間で私より努力してるであろう澤村にこんな弱音吐くなんて。そう思っても言ってしまったものは取り返せない。どうしよう、私すごく失礼だったかな。澤村の気分悪くさせちゃったかな。

「俺は、やりたくてやってるから」
「?」
「みょうじも、やりたいことある?」
「一応……は」
「それに向かって頑張ってるんだろ?」
「そう、だけど」
「放課後もこうやって勉強してるし。全く頑張ってないワケじゃない」
「う、うん」
「みょうじも偉いと思うぞ、俺は」
「澤村……、」
「やりたいことをやる。やれる時があるなら、やるべきだ」
「そう、だよね。ごめん、弱音吐いた」

 叱咤にも近い言葉だったけど、私の気持ちを正すにはピッタリな言い方だと思えた。目を閉じ息を吐きながらもう1度目を開ける。そうすれば向かいに居る澤村が「みょうじもじゅうぶん強いぞ」と笑ってくれるから。
 その笑顔に面食らった私は慌てて視線を参考書に落とす。……今そんな時期じゃないってば。自分。



「ちょっと道宮のとこ行ってくる」
「おー」

 期末テストも無事に終え、夏休みまであと数週間となった。久々にバレー部が活発になっていることに嬉しさを感じるけれど、澤村が出した人物の名前を聞いて、私の心は歪な音を立てる。

「道宮さんに何か用事あんの?」
「ん? あぁ。俺ら今、別々の自主練やりたくてさ。場所が足んねぇの。だから女バレに体育館借りられないか交渉に行ってくれたんだ」
「そ……っか」
「アイツら中学から一緒だし。頼み易いし」
「そ、……か」

 いくら期末テストの成績が良くても、私の心がイマイチ晴れてくれない。どうして、なんでよ自分。……なんで、澤村のこと好きになってんの。
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