エースになるまで



 肩より少し下だった髪の毛は今、もっと伸びているのだろう。最近になって低い位置で団子に纏められた髪の毛は、いやにツヤがあってきちんと手入れされているのが分かる。

「女子か!」
「えっな、なに?」

 キューティクル放つ髪の毛を見つめていたら、なんだか悔しくなって。大きな背中をペシっと叩けば、体躯を縮こませ振り返るひげちょこ。脈絡なく叩かれたというのに、東峰はオドオドするのみ。

「髭があるから怖がられるんじゃないの?」
「うーん……でも、髭がないと自信なさげに見えるかなって」

 数ヶ月もすれば遠慮というものを忘れる。前の席に座っていた東峰が体を180度回転させ、背中を壁に預けながら言った言葉にも「その理由が既にひげちょこだわ」と無遠慮な言葉を返す。東峰が怒らないことを知っているから。

「ギャップ萌えの線もありかもね」
「ギャップ……? 俺にそんなのある?」
「あるよ。ザンネンな感じでだけど」
「嬉しくねぇ」

 力なく笑う東峰を鼻で笑ってみせる。にしても髪の毛ほんとにツヤツヤだなぁ。シャンプー何使ってるんだろ。美容室専売品とか?

「私も髪の毛伸ばしてるんだけどさー、伸びてくると毛先パサつくじゃん」
「あー。確かに。それに痛みも目立つな」
「ね。コテしたらその分熱でやられるし」
「あー、女子は巻くもんな」

 この話、相手は男子である。一瞬女子トークかと思うくらいスムーズ過ぎてちょっとビックリした。潔子ともこんなにケアの話で盛り上がったことなかったし。東峰って所々でお洒落なんだよな。

「毛先が気になるんだったら、結ぶとか?」
「うーん。結んだ所で毛先のパサつきが目立つだけだしなぁ」
「三つ編みとか」
「制服で三つ編みしたら“THE☆学生”って感じになりそうだし。特に私みたいな地味な顔つきだと特に」
「そうか? みょうじの顔、そんな地味って思ったことないけど」

 あれ、なんだろう。全然ときめかない。こういうこと言われたら普通、「東峰///(トゥンク)」の流れなんだけど。普通に嬉しい。

「それかサイド編み込んでハーフアップとか」
「編み込み自分じゃ出来ないんだよね」
「ちょっとココ座って」
「ん?」

 言われた通り東峰の隣の席に移動すれば、立ち上がって「みょうじヘアゴム持ってる?」と尋ねてくる。その東峰に持っていたヘアゴムを手渡すと、それを手首に通し、「ちょっとゴメンな」と言いながら私の髪の毛に触れてくる。

「どう?」
「えっすご! めっちゃ綺麗に編み込まれてる!」
「はは。だべ?」
「凄い! やっぱ東峰って器用なんだ」
「実は、デザイナーになりたいなって、思ってて」

 あぁ、やっぱり。だからか。東峰がお洒落な理由が腑に落ちた。東峰の私服見たことないけど、きっとお洒落なんだろうな。デザインが好きってことは、いつか洋服作ることもあるのかな。

「パワーがあって手先が器用で、強面なのにへなちょこって。ギャップ要素盛り込み過ぎでしょ」
「いやどこにも“萌え”ねぇじゃん!」
「ハハハ! いいじゃん。もしデザイナーになった時は沢山インタビュー受けたがいいよ」
「……俺、うまくインタビュー出来る自信ねぇ」
「今のうちに練習しとけば?」
「あぁ、そうする……。いやてかまずデザイナーになれるかどうかすら……」

 また始まったネガティブタイム。それを無視してヘアアレンジして貰った髪の毛を手鏡で見つめる。これだけ器用に編み込めるんだから、きっと大丈夫だ。……てか。

「女子の髪いじってキモいとか言われるかな? 大丈夫かな」

 東峰がイジられキャラなのは浸透している事実。だけど、行き過ぎたイジりは許せない。そんな思いで不安を口にすれば、「別に、言われたら言われたでいいよ」とあっけらかんと言い放ってみせる東峰。

「何も知らないで、ただ傷付けようとする言葉は案外どうでもいい」
「へぇ、やっぱ強いわ。東峰」
「そ、そう? 大事な人から言われたらそりゃ傷付くけどな。俺って、案外冷たいヤツなんだよ」

 大地とかスガは後輩育成もちゃんとしてて凄い――と他人を褒めるばかりな東峰。確かに、東峰は自分のことで精一杯なんだろう。でも、それで良いと思う。

「エースは背中で語るもの! でしょ?」
「うぇ、え、エース? お、俺が……?」
「でしょ。頑張れ次期エース!」

 今は頼りないけど。いつか烏野を引っ張るエースになるハズだから。
prev   top  
- ナノ -