誰かより確かな何か
「みょうじ」
「おっ東峰! 帰り?」
バイトを終え、帰宅していると後ろから声をかけられた。暗くなった外で声をかけられたら間違いなく“人攫いだ”と思ってしまうであろう人物は、間違いなく私の友人。
「みょうじもお疲れ」
「ありがとう。あ、これ。さっき入れ違いの人から貰ったんだけど、良かったら」
「おーさんきゅ」
個包装されたバナナを渡せば、すぐさま皮をむいて頬張りだす東峰。体格が良いだけに、本物感がある。……本物感とは? というツッコミに答える自信がないので、口には出さないけれど。
「今日もダメだった……」
「スパイク?」
「あぁ……。俺が決めれば流れも変わるのに」
「まぁ、狙って決められるならそれが1番だよね」
「……なんで俺はこうも締まらねぇんだろうなぁ」
自転車を挟んだ向こう側を歩く東峰の背中は丸まっている。時間が合う時はこうして分かれ道まで一緒に歩くんだけど、東峰はいつもこういう弱音ばかりだ。本当に、へなちょこというか、何というか。
「落ちた強豪、飛べない烏……悔しいなぁ」
「……辞めたいって、なる?」
「いやそれは思わない」
いつの日か潔子が言っていた。“結果が出なくても、報われなくても。決してやめない皆のことを尊敬している”と。東峰もへなちょこだけど、潔子が尊敬する強さをちゃんと持ってるんだ。
「悔しいって思うんだったら、大丈夫だよ」
「?」
ハテナを浮かべる東峰に、「潔子も居るし。他のみんなも居るんだし」と言えば、言いたいことを汲み取ってくれたのか、「あぁ」と頷く東峰。やっぱり東峰が自信を持ったら一気に頼もしくなるんだよな。
「大地も言ってたもんな」
「大地? あ、澤村か」
「1年の頃、IH予選の前とかでも平気で体育館明け渡せ――とかあってさ」
「まじ? 知らなかった」
「なんか、俺らの知ってる烏野と全然違うし、コレで良いのかなって漠然と思ってたんだけど。そん時に大地が“このままじゃダメだ! 時間はあるようでないんだ”って言ったんだよ」
「おぉ……。1年の時の話だよね? なんかすごい大人っぽい……」
「だよな。でも、その通りだよなぁって。“悔しい”で立ち止まるんじゃなくて、限られた時間で出来ることをやっていかないといけないんだよな」
平らげたバナナの皮をビニール袋に入れてきゅっと口を結ぶ東峰。その目は潔子の目と全く同じだから、やっぱり烏野は大丈夫なんだと思える。やっぱり、みんな強いんだ。
「大地はすげぇなぁ……。俺だけだったら“こんなもんか”って諦めてた」
「そういう人がチームメイトで良かったね」
「ほんとに。スガも大地もすげぇヤツなのに、どうして俺はこうなんだろうな……」
あ、またへなちょこモードに入った。東峰って忙しいヤツだなぁ。自分で上げて自分で下げるの、得意ですよね、アナタ。
「東峰は確かにへっぽこだけどさ、ちゃんとついて行ってるじゃん」
「どうにか、だけどな」
「でも、澤村だって1人じゃどうしようもないワケで」
「……まぁ」
「東峰とか菅原とか、相手が居るからこそでしょ?」
「うん、」
「だから、東峰の存在だっておっきいと思うけど」
「……みょうじは良いヤツだなぁ」
今度はしみじみとした表情でこんなことを言ってみせる東峰。なんか、“怖い大人”っていうより“年老いたおじいちゃん”って感じだな。
「もし、東峰が逃げ出すようなことがあったとしても。潔子達と一緒なら大丈夫だよ」
「あぁ、だな。心強いよ」
「てか。“俺は逃げねぇ”とは言わないんだ?」
「……それは……、確定してない未来を断言するのは、ちょっと……」
「アハハッ! まじでへなちょこだ」
潔子よりは見つけにくいけど。東峰にもちゃんと強さがある。