ホワイトアウト

 頂上を越し、下りに入ったゴンドラ。少しの間を置いた後、嵐山くんは私の目を見て、「俺はボーダー隊員なんだ」と続けた。

「……これから先、危険な出来事の最前線に立っていないといけない人間でもある。それが俺の使命だ」

 嵐山くんは嘘が下手だ。だからこそ、今言っている言葉が嘘じゃないってことが分かってしまう。

「……嵐山くんがそういう人だっていうのは、何年も前から知ってる」

 嵐山くんが言おうとしていることが分かる。あの日テレビで言った言葉は本心で、今も本気でそう思っていることがひしひしと感じとれてしまう。……だからこそ。私は、膝の上で震えている彼の手をそっと握りしめる。あの日の私が、そうして欲しかったように。

「やっぱりアレ、迷信だよ。だって嵐山くんの手、こんなにも温かい」

 自分が私の大事な人となって、その自分に万が一のことがあったら――彼は今、私の為を想ってくれている。それは私だから、とかじゃなく、今まで告白された相手全員にそうだったのだろう。彼は、そういう優しい人だ。

「……実を言うと俺、みょうじさんから嫌われていると思っていたんだ」
「それは迷信じゃないね。事実だよ」
「やはりそうか。……悲しいな」

 優しい上にこういうことを何の気なしに言えちゃう所。ちょっと抜けてて可愛い。……キミ今、私のことをフったんだよ? 分かってる?

「ねぇ、嵐山くん。1つだけ、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「これから先、大きな戦いがあったとして。そこで、家族を守れたとしても、絶対に最期まで戦おうなんて思わないで欲しい。嵐山くんも絶対に生きて。お願いだから。そうじゃないと私、この手を離せない」
「……無事が確認出来た後、その方法を全力を掛けて模索する――これが俺の最善案だ。これでは、駄目だろうか?」

 嵐山くんが頑固だってことは、もう学習済みだ。彼はここから先、折れるつもりはないだろう。

「ほんっとに嵐山くんっぽい。……分かった。でも、さっき言った言葉。あれだけは絶対守ってよ?」
「あぁ。約束する」
「……ありがとう、嵐山くん。ボーダー活動、頑張ってね」
「あぁ。ありがとう――みょうじさん」

 握りしめていた掌をふっと広げたかと思えば、そのままひっくり返して私の手を握る嵐山くん。すっぽりと収まってしまった私の手は今、冷たいのかな。それとも、温かいのかな。

「卒業まであとちょっとだね」
「あぁ、そうだな」
「嵐山くんは大学?」
「そのつもりだ」
「そっか。じゃあ、高校卒業したら、同じクラスになることもないね」
「……そうだな」
「私なら、大丈夫だから」
「……そうか」
「うん、」

 多分、こうしてじっくり話せるのも今日が最後。私の想いを知った嵐山くんは、私の為を思って距離を置くのだろう。でも、それでいい。嵐山くんの隣は、眩しかった。だからこれで十分。

 着地が見えてきだした観覧車。それ以上の言葉を交わすこともなく、互いの手をじっと握り合って夕焼けの美しさを瞳に焼き付けた。この穏やかな時間が、ずっとずっと続けば良いのに――なんて、子供染みた考えをちょっぴり浮かべながら。




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