摩天楼にさよならも言えず

「あ、嵐山くん! 来れたんだ!」

 クラスのみんなが嵐山くんを見つけるなり顔を明るくする。その雰囲気の中、どうやって顔を出そうかと少し尻込みしていれば。

「あぁ。少し時間が出来たんだ。……それで、じ、実はすぐそこでみょうじさんとも会ってな。みょうじさんも来れるようになって良かった」

 嵐山くんが私の肩に手を添えながら前へと押し出してくれた。……嵐山くんって前々から思ってたけど、嘘吐くの結構下手だ。でもそれが嵐山くんの良さでもあるんだけど。

「まだ先って思ってた卒業も、もうすぐそこだしね」
「迅くん居ないの残念だけど、こうして集まれて良かった」

 クラスのみんながそういう言葉を連ねだす。……そうか、もうそれだけの日数を重ねたのか。嵐山くんのことを嫌い続けた数年間よりも、嵐山くんと向き合った数ヶ月のが沢山思い出が出来たなぁ。ここにこうして来れたのだって、全部。嵐山くんのおかげ。

「今までごめんね」
「ん? なんのことだ?」

 不思議そうに首を傾げる嵐山くんを笑って、一緒に園内を歩く。やっぱり嵐山くんの隣は、温かくて居心地が良い。自分がなくなりそうで嫌だって感情すらもなくしてしまえる嵐山くんは、やっぱり凄い。

「ありがとう」
「いえいえ?」
「ふふっ」

 咀嚼しきれないまま返したであろう言葉達を笑って、1番乗ってみたかったアトラクションへと彼を誘う。そうすればそれには「良いな!」と元気の良い返事が来るから。どうせなら最前列に行きたいと言った私の言葉を受け、2人して駆け出した。



「はぁ〜! 楽しかった!」
「はは。それは良かった」
「今日は本当にありがとうね」
「じゃあ最後に観覧車に乗らないか」
「えっ?」
「ダメだろうか」
「う、ううん! いいよ、乗ろう」

 嵐山くんの誘いによってカプセル型の空間に2人きりになって数分。ゴウンゴウンと微かに軋む音を立てながら上昇してゆくゴンドラ。真っ白な鉄の柱が幾重にも伸び、その枝先では私たちのように一面に広がる景色を堪能する人が居る。

「私とで、良かったの?」
「ん?」
「その、ほら……嵐山くんは、人気者だから」

 ちらりと見つめた先に居るのは端正な顔立ちをした男の子。夕陽に照らされて逆光がちだけど、その光にも負けないオーラが嵐山くんから放たれている。そんな人を世の中の女性が放っておくはずもなく。

「みんな、嵐山くんと乗りたがってたよ」
「良いんだ。……俺は、みょうじさんと乗りたかった」
「っ、」

 どうしてそういうこと言うのかな。言えちゃうのかな。順番待ちの時も、私の手を取ってゴンドラに入ってみせるし。そういうことされて、私がときめかないとでも思ってるんだろうか。

「なんで、私、なの……」
「……みょうじさんだから、としか言えない」
「……ねぇ、嵐山くん、」

 私、ちょっとだけ自惚れてもいい? 私、気付いちゃってるんだ。嵐山くんが私にだけ他の人よりも多くの優しさをくれてるってこと。私みたいな人、ボーダーに居る嵐山くんなら沢山触れ合ってるはずでしょ? それなのに、私だけ特別扱いされてる気がするの。だから、その自惚れを、口に出しても良いかな?

「私、嵐山くんが――好き」

 真っ直ぐと見つめてくれる嵐山くんに倣って、私も自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてみせる。きっと、嵐山くんなら受け止めてくれると信じて。

「……ありがとう。嬉しいよ」

 ふわりと微笑むその顔。それが逆光に負けて見えなくなるのと、「でも、ごめん」と言葉が続くのはほぼ同時だった。




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