嵐の山

 必死に足を動かし、辿り着いた先は1軒の家。そこの表札には“嵐山”と書かれていて、誰の家なのかを理解する。

「……すまない。結構全速力で走ったんだが。大丈夫だろうか?」
「ぜ、ぜんぜんっ……へ、いき」
「それなら良「じゃない」……そうだよな。申し訳ない」

 これはワンピースじゃなくて良かった。裾をはためかせながら、中身が丸見えな状態で街中を爆走してたかもしれないと思うと……なんか、おかしくなってきた。

「アハハッ! はっ、やだもうっ、息、苦しっ、」
「みょうじさん……? 大丈夫か……?」
「無理……ご飯食べたばっか……横腹も痛いし、息も苦しいし……」
「ほ、本当にすまない……」

 急に笑いだした私を見て、不安になったのか、私の顔をおろおろしながら覗き込む嵐山くん。……あ、なんかこうやってお腹抱えて笑ったのも数年ぶりかも。さっきまで“自分”がなくなりそうだとか思ってたクセに。今では“自分”を取り戻してる気がしてるだなんて。

「あー、ほんとおかしい」
「えっと俺は……病院に連れて行けばいいのだろうか?」
「アハハ! やだもっ、ここでその発言は……っ、アハハッ」
「みょうじさん……さっきといい、今といい、俺はとんだ失礼なことを、」
「もういいよ。私こそ嵐山くんの親切心を足蹴にしちゃってごめん」

 飛び出した天然発言にひとしきりの爆笑をした後、息を整えて私も頭を下げる。そして「その……ごちそうさまでした」と言葉を続けると、「また行こう!」と何故かリピートを促されてしまった。

 今日のは似顔絵の付き添いってことで納得したけど。次か……次は一体何の理由で一緒に行けばいいんだろう? それこそデートとして……なんてね。ちょっとまだ頭がおかしくなってるみたい。

「てか、なんでここに?」
「あ。そうだ。ここなら集中出来るかと思って」
「えっ、じゃ、じゃあここでするの!?」
「あぁ。駄目だろうか?」
「駄目っていうか……、」

 いや確かにここならファミレスよりも適してると思う、けど。けど! ここ、嵐山くんの家――!

 人の家に行くのって、結構な緊張があるんですが? それに私、手土産もなにもないし。それに服装だって。どうして私はワンピースを着てこなかったんだ。

「て、手土産買いに行かせて……」
「そんな大層な家じゃないさ」
「大層なの! 私にとっては他人様の家は大層なの!」
「そ、そうか?」
「そうだよ! 嵐山くんだって“私の家に来て”って言われたら緊張しない!?」
「っ、す……する……」
「そういうこと!」

 ふんっと鼻を鳴らす私と、何故か頬を染める嵐山くん。その間を“ワンッ”と猛々しい鳴き声が割って入った。

「おっコロ!」
「コロ?」
「あぁ。俺の家族なんだ」
「へぇ。犬飼ってるんだ」
「おぉ〜コロ〜! 元気だったか〜!」

 数時間前には顔を合わせていただろうに、数年ぶりの再会かのような喜び方をしてみせる嵐山くん。どうやら彼の家族愛は本物らしい。

「あらっ准。帰ってたの……って。えっ! やだっちょっと! お、お父さん、お父さん!」
「今のって……」
「俺の母親」
「今の感じって……、」
「うわっ兄ちゃんが彼女連れて来てる!」
「准兄、やるじゃん」
「ちょっと准! 早く紹介してちょうだい!」

 そうだよね。そうなるよね。
 嵐のように出て来た人々に、何一つまともな言葉を返す間も与えられず、私は嵐山宅に吸い込まれた。




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