(a)itai

「な、んで……」
「どうした?」
「ごめん、先行ってて」

 様子を窺ってきた友梨に口早に返し、更衣室に誰も居なくなった所でスマホのロックを解除する。長らく未読を貫いていた相手とのラインは50件以上のメッセージを届けてくるけれど、それら全てを無視して一目散に1番下の画像を押し開く。

「きゃっ、」

 一面にその画像が表示された瞬間、悲鳴が漏れ出た。拍子に落としてしまったスマホを震える手で拾い、もう1度画面を見やる。
 ベッドサイドに腰掛けてブラジャーを付けている女性の裸体。……後ろ姿だけど、分かる人にはこれは私だって分かる。……なんなの。これを送り付けて来て、源斗は一体どうしたいの。

 パニックに陥る私に、源斗は分かり易い言葉で目的を明かしてきた。

―やらせて

 澤村さんと同じ、真っ黒な文。それなのに、澤村さんとは違った意味で胸を締め付けてくる。なんで。どうして……。私は、源斗が関係を持った数人のうちの1人だったはず。別れ話の時でさえ源斗は薄ら笑いを浮かべて見送るだけだったのに。どうしてこんな時に限って。どうしてこのタイミングで――そう思ってハッとする。このタイミングだからなのかもしれない。もう二度と、澤村さんの前に立つことが出来なくなるように。選ばれたタイミングなのかもしれない。

「なまえ? 大丈夫?」
「……えっ、あ、うん。平気」

 忘れ物を取りに来た友梨に声をかけられ、慌ててスマホをポケットに入れ更衣室を出る。……罰なのだろうか。私なんかが澤村さんを好きになってしまったこと。澤村さんをたくさん困らせたこと。その全ての罰がコレなのだろうか。



―消して
―消して欲しかったらココ来て

 添付された位置情報を開けば、そこに映っていたのはホテル街の真ん中に位置するラブホテルで。ホテルの概要を見れば¥3,000-¥5,000と出ていた。

 私の値段は5,000円なのか――そんなことを思うと情けなくなった。値段がどうこうじゃない、ってことも分かる。だけどそういう部分にすら苛立つ。あの写真をチラつかされている以上、従うしかないということも。
 惨めさが心を支配して泣きそうになる。これが罰というのなら、澤村さんのことを好きになんてなりたくなかった。澤村さんと、出会いたくなんて、なかった。

 分かったなんて返事もしていないのに、源斗から“明日ね”と勝手に話を進める内容が届く。そのメッセージに短く息を吐いた後“今日でいい”と送り返した。
 源斗に抱かれる為にお風呂に入って身を清めるのも、下着を選ぶのも嫌だったから。かくいう今日も無駄に1軍のブラとショーツなのが裏目に出た気もする。……澤村さんのおかげで磨けていたと思っていた女子力を、源斗に発揮することになるだなんて。自分の間抜けさにちょっとだけ力が抜ける。



 週の始まりは、中々に忙しい。残業をする回数が多いのも大体月曜日。いつも以上に仕事のペースを落としてみたけれど、“終わったら連絡して。無理なら明日もあるし”というメッセージが5分前に届けられたのを見て、無駄な足掻きだと悟った。

 うじうじしていたってどうにもならない。こんな励まし、こんな場面でするもんじゃないって分かってる。だけど、そうしないと何も終わってくれないから。潤みそうになった瞳をぎゅっと閉じ、デスクの照明を消す。……もうこれ以上泣きたくない。傷つきたくもない。だから、これから起こる出来事に心は要らない。







 目的地が近付けば近づく程、周囲の雑音が胸を圧する。心を無にしろと念じてみても、ここに感情はあるのだと泣き叫ぶように胸が痛い。立ち止まりそうになる足に力を込めて、無理矢理1歩を踏み出す。立ち止まったってどうにもならない。処女でもないんだし、いまさらたった1回のセックスくらいで。

 肩にかけたカバンの持ち手をきつく握っても胸以上の痛みは感じられない。澤村さんの隣を歩いた時も、こうしてチェーンをきつく握ったんだよな。あの時も痛みなんて感じなかったけど、今と全然違ってた。

「……ふっ、うぅ、」

 昔付き合っていた相手からこんなリベンジポルノ紛いのことをされるとは思ってもなかったし、脅される材料を持たれているという恐怖が体を襲って震えが止まらない。もしこれで消してくれなかったら? 今日の出来事を新たなネタとして揺さぶられたら?
 
 考えれば考えるだけ怖くなる。もし私に好きな人が居なかったら、源斗との関係を割り切ったものとして続けられたかもしれない。残念なことに、今の私にはそんなこと出来るはずもなくて。

 内外面共に磨いたのは、見て欲しい人が居るから。その人だけに――澤村さんだけに見て欲しくて。それ以外の人に見られようとしていることがこんなにも苦しい。罰を受けている、と思っているのに。それでもこうして澤村さんを思い出して。
 澤村さんのことを好きになんてなりたくなかった。澤村さんと出会いたくなんてなかった。……嘘だ。澤村さんにまた会いたい。会えなくても好きだって思っちゃう。誰よりも、あなたに会いたい。澤村さん。……澤村さん。

「さ、わむら、さん……。助けて……」
「……みょうじさん」
「…………え」

 制服を身に纏った澤村さんが今目の前に居て、私のことを覗き込んでいる。これは幻覚に違いない。そう思おうとしても、目の前に居る澤村さんを私が見間違えるはずもなく。ただ呆然と眉尻の下がった澤村さんの顔を見つめ続けた。

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