すくう未来が告ぐ

 ニコリと微笑むのと同時。後ろから大きな羽音がしたかと思えばバサリと音を立てて地面に落ちたのはホークスの剛翼。

「あれま。奇襲は失敗しちゃいましたか」

 あらかじめ飛ばしていた剛翼は女性の髪の毛によって弾かれ、そのまま長く伸びた爪で地面へと釘刺しにされてしまう。

「バカにしないで。アナタを殺す為に、私がどれだけアナタを調べたと思ってるの」
「おぉ〜。こっわ」

 尚もヘラリと笑い続けるホークスとは反対に、女性の額には血管が浮かび上がる。だけど、ホークスだって本当は笑っていない。細めた瞳の奥で沸々とした怒りが見えるのは、多分気のせいなんかじゃない。だって、纏ってる雰囲気がいつもと全く違う。

「ねぇ。知ってる? アナタが守らなきゃいけないのはこの子だけじゃないってこと」
「……そう来ましたか」

 女の人は爪や髪を急速に伸ばし、それらを使って周辺の遊具や木々、民家を切り刻みだす。

「私知ってるの。その翼、減ったら本当の力出せないんでしょ?」

 ニタァっと笑う顔は美しいその顔を歪ませる。確かにホークスのことをよく調べているようだ。現にホークスはガレキによる被害を防ぐことに大半の剛翼を使っている。残っている翼は随分と小さい。

「俺が持久戦に弱いってこと、見抜いてるんですね。だけど、俺の観察眼まで侮らないで頂けます?」
「……ほーくすっ、」

 女の人が多方面に攻撃を仕掛けていた時、初めて来た時と同じようにあらかじめ羽を飛ばしておいたらしい。それを使って今度は奇襲ではなく私の背中に当て、私の体はそのままホークスの腕の中へとダイブする。

「……なまえさん、背中っ」
「っ、大丈夫。これくらいっ、へい、きっ」
「いやダメでしょ」

 背中に手を当てた時に私の怪我に気付いたらしい。上着を脱いでそれをそのまま患部に押し当ててくれる。

「なまえさんに怪我を負わせたのか?」
「あははっ、やっと乱れた」
「……ぶちくらすぞ」

 ホークスが言葉まで乱したのは初めてだ。地を這うような低い声に思わず私が縮こまってしまうと、それに気付いたホークスが「すぐ病院に連れて行きますから」と微笑んでくれる。その笑顔を見たら、張っていた糸が切れて背中が疼きだしてしまった。

「ホークスぅ……どうしよう……痛いぃ……」
「あらあら。泣き虫ですねェ」
「助けて、ホークス……っ」
「モチロンです。さァ、早く乗って」

 私を吹き飛ばす時に使った剛翼を使って、私を公園の外へと運ぼうとする。本当はホークスの側で力になれるのならと思った。だけど、私はヒーローでもなければ手負いの人間。そんなの、ホークスの足枷になるだけ。――だから。

「信じとるけん」
「はい。なまえさんの信じる最高に格好良いヒーロー、演じてみせます」

 その笑顔を焼き付け、剛翼に乗り公園を出ていこうとした時。またしても女性の不敵な笑みが響く。

「だーかーらー。そういう所がヒーローの弱い所だって言ってんの!」
「っ!?」

 女の人の髪の毛が伸びて来たかと思えばそのまま地面に真っ逆さま。強く叩きつけられ、喉から潰れた声が出た。首に巻き付いたソレはどれだけあがいても取れはしない。それどころかより強く巻き付いてくる髪の毛に酸素を奪われ、頭がガンガンと警鐘を打ち鳴らす。

「なまえさんっ!」

 ホークスの慌てた声が白く霞む意識の向こうで響く。――だめ、今度こそ来ちゃダメ。ぼんやりと開く視界に映る爪を眺めながら、今度は強く念じた。ホークスに迷惑はかけられない。私が居るせいでうまく戦えないのならいっそ――

「ぐっ、」
「……ホークス、なんで、」

 一思いに閉じた瞳は、思いのほか直ぐに開くことになる。それは首にあった不快感がなくなったのと、顔に生暖かい液体がかかったせい。そして開けた瞳には血を吐きながらなおも微笑むホークスの穏やかな顔。

 こんな状況でも彼は「これでお揃いですね」と軽口を叩く。お揃いどころの話じゃない。ホークスの脇腹には爪が突き刺さっている。全然、お揃いなんかじゃない。それに、そんなお揃い、全然嬉しくなんかない。

「なんで……私なんか……ほっとけばいいのにっ」
「私なんか――ってよく言いますけど。なまえさんは俺にとって大事な守るべき市民なんです。というかそれ以上の存在なんですよ。……お願いだから格好良いヒーロー、させて下さいよ」

 普段飄々としてるクセに、自分が真に大事に想っていることは真っ直ぐ伝えないで欲しい。
 ホークスの邪魔をしたくないのに。“この人に守られたい”っていう、私のワガママな本音が掻き出されてしまう。




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