私が起こすはずだった悲劇

 職場体験最終日。未だにツクヨミくんは他のサイドキックと同じ様に後処理を行っている。そのことに悔しさを感じているようだけれど、職場体験自体は真面目に行っているようだ。

「彼もダテに成績上位に喰い込んでたワケじゃなさそうだ」

 ツクヨミくんが居ない場所で呟いた言葉。それをツクヨミくんに言ってあげれば良いのに――とも思うけれど、もうあの一件から口出しすることを控えている。だからどうかツクヨミくん。ホークスのことを誤解しないでね。そんな祈りをツクヨミくんに向けて心の中で放っていると、不穏な気配を感じたのか、「漆黒の気配……」と呟かれた。

 なにはともあれ、今日も今日とて元気に職場体験へと出かけたツクヨミくん達を見送って山のように積まれている報告書へと立ち向かうことにした。



「はぁ〜……!」

 カタカタ、カリカリと爆進しながらこなした仕事。それらにカタを付けて駆け出した先はいつもの公園。ここは人通りの多い街並みから外れた場所にある為、穏やかな時が流れている。
 仕事に追われている時は休憩時間をここで過ごすことが多い。ベンチに腰掛け日光浴をすれば、張っていた力が解れる気がする。さて、この調子で昼からも頑張らねば。

「すみません。もしかしてホークスのサイドキックの方ですか?」
「あ、ハイ。そうです」
「良かった! 以前事務所近くでお見掛けしたことがあったので!」
「そ、それはどうも……?」

 1つ伸びをし、公園を出た辺りで綺麗な女の人から声をかけられ立ち止まる。誰だ、この人? 唐突に声をかけられ、怪しんでいると「ホークスに用があって。だけど彼、掴まらないからどうしたものか、って困ってたんです」と声をかけた理由を明かされた。

「彼に用があるなら、ホームページからアポ取ったら良いと思いますよ? それか事務所に直接ご連絡下さい」
「それが出来ないから困ってるんです……」
「失礼ですけど一体どんなご用事ですか?」
「それは……」



「次は……あぁ、今の所ココで終わりみたいですね。今日は平和だなァ」
「珍しかね。こんな時間に仕事が終わるとか。嵐でも来るんやなかと?」
「そういう縁起でもないこと言わないで下さいよ……ん?」

 振動する電話。着信の相手はサイドキックであるなまえ。個人携帯からの着信であることに疑問を抱きつつも、指をスライドし耳に当てる。

「もしもーし?」
「……ほーくす、」
「…………今どこですか」
「ごめん、なさっ」
「良いから。場所を言って。早く」
「こないだの公園、」
「分かりました」

 イレギュラーな着信。その向こうで響くなまえのか細い声。それだけで相手が助けを求めていることくらい、ヒーローならば分かり得る。異常事態を察知した男は「ちょっと抜けます」と眼下に居るサイドキック達に告げ、深紅の翼を羽ばたかせた。

「また次の騒動やろか」
「なんにしても早かばい」
「……ホークスはいつなんどきも電光石火の如く動かれるのですか」
「まあね。あぁでもそげんヘコまんでいいけんね、ツクヨミくん。ホークスについて行ける人はだーれもおらんのやけ」
「……速すぎる男、か」



「なまえさん」
「ホークス……ッ」

 来てほしくないと願った。だけど、彼は来た。来てしまった。そのことにどうしようもなく涙が溢れるのは、彼がヒーローだからだろうか。

「にしても。ドラマみたいなシーンですねェ。一体どういう状況ですか?」

 今、私の首には女の人の長い長い爪が当てられている。尖ったその先端は、薄い皮膚を破き淡い赤を垂らしている。首からはチリチリとした痛み、背後からは女性の荒い息。それらが私に全力で恐怖を伝えてくる。

「あら。意外と簡単に現れたのね」
「ええっと、アタナは一体どなたですか?」

 一体どんな用ですか? と尋ねた瞬間、女の人は表情を一変させて「ヒーローなんて居なくなればいい……!」と唸るように言葉を吐き、私を羽交い絞めにした。
 状況が読み込めないながらにも、どうにか宥めようとした。だけどその気力も後ろから脇腹をプスリと刺されると容易く折れた。そうして彼女の指示のままホークスに電話をかけ、結果としてホークスをここに招いてしまった。

「ごめんっ、ごめんホークス……」
「ここでこのセリフを言うのはオールマイトのパクリみたいで気が引けるんですけど。でも、俺はこの言葉以上に人を安心させる言葉を知らないので。言いますね」
「ホークス?」
「もう大丈夫です。だって、俺が来たんですから」
「〜っ!」

 そう言ってニコリと微笑むホークスは、こんな状況だというのにとても格好良くて。本当に、“あぁ、もう大丈夫なんだ”って思わせてくれた。やっぱりね、ホークス。私にとってアナタは誰よりも1番格好良いヒーローなんだ。




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