行き着く色は闇

「おうみょうじ。日直か?」
「そう。荒船は?」
「俺は委員会」

 夕陽の力だけで暖色に染められた、がらんどうの教室。蛍光灯のわざとらしい灯りよりもずっと好きな照明。そのぼんやりとした明かりを頼りに日誌を作成していると、廊下を通りがかった荒船から声をかけられた。

「今日はランク戦ないの?」
「あぁ。でもボーダーにはこれから行く予定だ」
「そっか。気を付けて」
「というかみょうじ。もう1人の日直は誰なんだ?」
「……犬飼」
「そうか。ゴミ捨てでも行ってるのか?」

 私以外誰も居ない部屋に視線を這わしてみるも、他の人物なんて存在しないのは一目瞭然。それでもこうして犬飼の姿を探す荒船は真面目というかなんというか。

「とっくにボーダーに行きましたよ」
「じゃあ日直仕事全部みょうじに任せっきりってことか?」
「だったらもっと怒れるんだけどねー」

 今日1日の日直仕事の殆どを犬飼がこなした。私がやろうとした時には「あぁ、それ全部しておいたから」という迅速さ。

 私に残された唯一の仕事がこの日誌なのである。だから、これは押し付けられた訳でも任せっきりにされた訳でもない。どちらかといえば、犬飼なりの優しさなのだ。

「犬飼ってさー、ボーダーでもモテんの?」
「うん? まぁ。それなりだろ」
「なによそれなりって。荒船、嫉妬してる?」
「なワケあるか。アイツ、あんまそういうの言いふらさねぇだろ」
「確かに」

 日誌ちゃんと書けよ、と荒船は“嫉妬からくる物言い”と推測した私を叱るように軽いデコピンを喰らわせてから立ち去って行った。

 少しヒリヒリと痛む額を擦りながら、手元にある日誌を覗き込む。

「ちゃんと書けって言ってもなぁ……」

 その日誌は私の字とは違った、几帳面な字でほとんど埋められている。残っている枠は“今日1日の感想”部分だけ。

 犬飼って意外と仕事率先するタイプなんだよね。いかに効率良くサボるか、っていう方に頭をまわしそうなのに。そういう意外性を持ち合わせているから、犬飼はやっぱり私にとって良く分からない。

 そこが犬飼がモテる理由でもあるのだろうけど。私は、怖いと思ってしまう。

「今、どこにいるんだろ」

 頭に思い浮かべたある人物は、犬飼よりも得体の知れない人物。その人のことを思い浮かべるだけで、私の頭は真っ暗になる。

 あの日と同じような肌寒くて寂しい空気がどこからともなく吹きすさぶ。……別に、私とあの子は仲良しだった訳じゃないのに。

 鳩原未来さん。アナタは一体どんな思いで姿を消したの?

 カーン、と窓の隙間から野球部の金属バットの音がする。それが私の心臓を打ちつけてくるようで、堪らず窓をばちんと閉めた。

 私が犬飼を怖いと思っているのは、多分。鳩原さんのせいだ。

prev top next



- ナノ -