気持ちの割り方は知らない

 IH予選も遂に1週間後に差し迫った。練習に力も入るし、予選で当たるであろうチームの分析もしないといけない。正直、現役時代よりも運動しているかもしれない。
 そんな御託を並べてみても、今が1番大事な時期だ。出来立てのチームだし、色んな策略も考えて、それが使えるかどうかの取捨選択もしないといけない。
 今になってじじいの偉大さを思い知る。“名将”と謳われた自分の祖父の大きさにおののきつつも、それに比例するようにやる気も漲ってくる。だからこそ毎朝4時から行うそらまめ収穫も苦ではない。
 ただ、自分の年齢がどうしてもついてこないだけなのだ。

 武田先生の心配する声に事情を説明すると「今度、お酒でも持って行きますっ」と嬉しい言葉を貰ってテンションがあがったのも事実。大人とはこういうモノだ。



「おかえり〜。うわ、汗ぐっしょりじゃん」
「おう。ただいま」

 クタクタになりながら坂ノ下に帰ると、俺を店内に入れるなり店じまいを始めだすみょうじ。一体何事かとみょうじの動作を凝視していると「さっきウチの親が挨拶に来て。そしたらおばさんと意気投合しちゃって。みんなでカラオケに行っちゃった」と笑う。……うちの母ちゃんならあり得る。
 今日は俺が帰ったら店を閉めるようにと言われたのだと続く言葉で事情を理解し、一緒に店じまいを手伝う。どうせ夜に客はあんまり来ねぇし、今日くらいはいいだろう。これも田舎だからこそ出来る良い所だ。

「にしても、カラオケ。長引きそうだな」
「だろうね。烏養家酒強いクチでしょ?」
「まぁな」
「ウチもだから。多分朝までだよ」
「……ハァ。あ、そういやみょうじ。メシは?」

 モチロン、俺も今日のメシがない状態だ。動いた体は食べ物(とビール)を欲している。恐らく今家に食べ物は何もないハズ。一緒に嶋田マートにインスタントラーメンでも買いに行くかと思ってみょうじにご飯を尋ねると「あ、烏養が良ければ私作るよ」とこともなげに言われ目を見開いた。

「作るって……作れんのか?」
「ちょっと、烏養失礼だから。私自炊めっちゃするんだからね」
「あぁ……そうだよな。スマン。ちょっと意外で」
「謝ってんのに失礼重ねるなんてやるじゃない」

 それにしても作るって一体どこで? まさか俺ん家で? 俺ん家何かあったけなっと冷蔵庫を思い浮かべても、思い浮かぶのは缶ビールのみ。

「さっき梅バァちゃんに野菜沢山貰ったんだよね」
「あ、そう」
「あと何個か買いたい材料あるからさ、嶋田マートまで一緒に来てくれない?」
「おう、分かった」

 結局嶋田マートにまで行くことに違いはなかったが、“それならインスタント買おうぜ”とは言わなかった。インスタントじゃ味気ないというのもあったが、それ以上にみょうじの手作りメシが食べたいと思ったからだ。みょうじのメシのうまさは舌がちゃんと覚えているし、胃が手作りを求めている。……自炊、あの人の為に頑張って覚えたんだろうか。

「うーかーいー? 疲れてるなら車私が運転しようか?」
「えっ? あ、いや。大丈夫だ」
「ほんと? 私前にも車借りたし、運転できるよ?」
「……助手席乗る方が疲れそうだわ」
「ねぇ、烏養の中で私ってどんな人なワケ?」

 一瞬チラついた顔は、みょうじの批難する声によって掻き消された。尚も不貞腐れているみょうじを笑いながら車のキーを持ち出し、「ほら行くぞ」と声をかけると大人しくついてくるみょうじはなんだか可愛らしい……くない。可愛いなんて思っちゃいねぇ。

「……ハァ」
「どうしたの? やっぱキツイ?」
「いや。そういうんじゃねぇよ。……うし、行くか」

 ガキか。俺は。



 嶋田マートに辿り着き、みょうじの後ろをついて行きながらカートを押す。何を作るかすでに決まっているらしいみょうじは、迷いなく商品を買い物かごへと入れている。本当に買い物し慣れてんだなぁ、とかみょうじの後ろ姿を見つめながら思っている時だった。

「おーどうした。2人しておつかいかぁ?」
「嶋田店長じゃん」
「店長って」
「なんか割引してよ、てんちょう」
「うわ、ヤリ手主婦感ハンパねぇ」

 割引シールに目を光らせるみょうじ、それに怯える嶋田の攻防戦。結果は豚肉10%割引のみょうじが勝利。カゴに入った豚肉にシールを貼る時にカゴの中身に視線が行ったのか、嶋田が「晩メシの準備か?」とみょうじに尋ねる。

「そう。ウチの親と烏養の親がカラオケに繰り出したから。2人で晩御飯食べようってなって」
「へぇ。それでみょうじが作るって訳か」
「そう。烏養って今コーチ業忙しいでしょ? だからたまには労わないとね」
「ふぅん? 良かったな、繋心」

 街中でよくある会話風景っぽいなぁとかそんなことをぼんやりと思っていた俺に嶋田が話を振ってくる。確かに、人から頑張りを認めて貰うのは嬉しい。テンションだってあがる。嶋田の言葉に「おう」と返すと「なんか2人して買い物してんの、夫婦みたいだな」とニヤケ気味に重ねられ、それには慌ててしまったが。

「私をからかうなんて10年早いっ!」
「あっ、コラ。お客さんさすがに50%は困りますねぇ」
「くっそう、じゃあこっちじゃ!」
「あっ! もぉ〜赤字覚悟だわ」
「ははは。いいお店見つけちゃいましたなぁ」

 しかし、照れる間もなくみょうじが嶋田にやり返したおかげで赤い顔は見せずに済んだ。それ所か10%割引を30%割引にしてみせたみょうじにはもう逆らわないでおこうと胸に誓うのであった。




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