懐かしくて新しい味

 みょうじが何をしようと迷っていたGW。モチロン俺はバレー部の合宿へと精を出している。まだ朝は肌寒いが、昼時はもう半袖でも暑いと思うことがある程だ。 
 合宿に泊まり込みで参加出来るのもみょうじが手伝いとして坂ノ下の店番を代わってくれているおかげ。また今度酒でも奢ってやるか。……なんか、コーチはじめて色んなヤツに酒を奢る機会が増えた気がする。まぁ、うまい酒が飲めるに越したことはねぇ。これも必要経費だと思うことにしよう。

「先生」
「おっ? あっ、できた!?」
「はい。クリーニングとか直しとか終わりました」
「良かった――で、そちらは?」
「初めまして。ここに来る途中で清水さんが大荷物抱えてるのが見えて。ついでだし、一緒に来ました」
「そうですか。それで……えっと、」

 出入口の騒がしさに何事かと顔を覗かせるとそこにはなんとみょうじが居て目を見開く。そんな俺を見るなり「あ、居た居た。ほんとにコーチやってる」とのほほんとした口調で片手をあげるみょうじ。いやいや、店番はどうしたよ。

「暇だったから。息抜きがてら来ちゃった」
「コーチのお知り合いのようだったので、お言葉に甘えて車に同乗させて頂きました」
「そうだったんですか。ウチの部員がお世話になりました」
「いえいえ。私にとっても可愛い後輩ですから」

 よそ行きの笑みを浮かべて武田先生と談笑するみょうじ。うわぁ……めちゃくちゃ愛想良い。別人みてぇ。女って怖ぇ。

「すごい、みんな汗だくだ」
「――こんにちは!」

 見慣れない人物の登場に、部員の一瞬遅れた挨拶が響き渡る。その声に一体誰だ? という疑惑が滲んでいる。その中で1人、唯一みょうじと会ったことがある日向だけは「あ! この間烏養コーチ、と……」と声をあげすぐさま萎ませていく。あの日の出来事を思い出し、他言無用と脅されたのを思い出したのだろう。しかし、そこで言い淀まれるとあらぬ誤解が生まれてしまう。

「あー、こちらはみょうじなまえさん。俺の高校の同級生だ。有給消化の為に東京からこっちに戻って来てるらしい」
「初めまして! ひゅ、日向くんは久しぶり。こないだは変なとこ見せちゃってゴメンね?」
「ハ、イエ」
「変な所?」

 部員の疑問を遮り、「で、店番ほっぽり出してどうしたよ?」と本題を割り込ませると「じゃーん! 差し入れ!」と大きなビニール袋を掲げてみせるみょうじ。その袋の中ではスポーツドリンク達が所狭しとかさばっている。

「みんなにはスポドリ。で、烏養にはコレ」

 お礼と共に澤村が袋を受け取りドリンクコーナーに置きに行く。そして澤村の掛け声によって練習へと戻って行く部員を見つめ「元気だなぁ」と感嘆するみょうじ。その横で手渡された容器を開けると、そこには玉こんにゃくが敷き詰められていた。

「好きでしょ? 玉こんにゃく」
「なんで知って……」
「学生時代よく食べてたじゃん。だからおばさんに作り方教わって作ってみた」
「……さんきゅ、」

 どうしてそんな昔のことを覚えてるんだみょうじは。無駄に記憶力のいいみょうじにむず痒い気持ちを抱えながら玉こんにゃくを1つ摘まみ口に放り込む。

「どう?」
「うまい」
「ほんと? よかった! まぁほぼおばさんが作ったから当たり前っちゃ当たり前だけど。――じゃあ私、店番に戻るね。みんな頑張ってね〜! あ、烏養は容器ちゃんと洗って持って帰って来てよ!」

 ハツラツとした声を体育館に響かせ颯爽と去って行ったみょうじを部員と共に見送っていると日向が恐る恐るといった様子で「あの、」と声をかけてくる。

「みょうじさんは烏養コーチの彼女さんですか?」
「はっ!? バ、バカ野郎! そんなんじゃねぇよ。さっさと練習に戻りやがれ!」

 口に含んだ玉こんにゃくを噴き出しそうになって慌てて口に手を当て日向を一喝する。そうすれば日向はたじろぎ、「ハイッ!」と悲鳴に近い声をあげてコートへと戻って行った。

「ふぅ〜ん……」
「なっ、なんつー顔してんだよ先生!」
「烏養くんの顔もよっぽどですよ?」
「っ、見せモンじゃねぇ! 部活に集中してくれ!」
「ふふふ。それもそうですね。関心すべきは烏養くんの真っ赤な顔よりも、生徒のことですね」

 玉こんにゃく、美味しそうですね。と笑う武田先生の顔は好奇心でいっぱいという表情だ。ぜってぇやんねぇからな。先生に咎めるような視線を投げながら玉こんにゃくを口いっぱいに含み頬を膨らませると、武田先生はまた可笑しそうに笑う。

「喉に詰まらせないように気をつけて下さいね?」
「……おう」

何で俺がからかわれねぇといけねぇんだ、まったく。……にしてもこの玉こんにゃく、めちゃくちゃうめぇな。あぁ、この玉こんにゃくと一緒にビール飲めたら……最高にうめぇんだろうな。




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