再 戦 延 長

 5月6日。ついにやって来た音駒との再戦。すなわち、俺が烏野のコーチをする最終日でもある。思えばこの約1週間は長いようで短い、楽しい日々だった。
 こうして数年の時を越えて再現されたゴミ捨て場の決戦に、俺も立ち会えるとは。思いがけない巡り合わせに年甲斐もなく胸が弾む。

 緊張を落ち着かせる為に昨日から煙草のペースが多くなっている。そして、悔しいことにそれを見越していたみょうじから「ファブリーズちゃんとしなさいよ!」と昨夜メールで注意を受けたのを思い出し、慌てて購入したファブリーズ。……ちゃんと匂い消せているだろうか。
 不安が香り、隣に居た武田先生に尋ねると「大丈夫! ラベンダーの香りですよ!」と親指を立てて背中を押された。……無香料にすべきだったか……。



「みんなーっ! 応援来たよ〜! 頑張ってー!」
「あっ、みょうじさん! こんちわッス!」

 ギャラリーから大声を発するみょうじに「ガキかよ」と呆れ笑いを浮かべると武田先生から「先ほどの烏養くんも余程でしたよ」とまたしても茶化されてしまう。俺と直井がはしゃいでいたのを指しているのだろう。この人は意外と人をからかうのが好きらしい。こめかみを掻いて気まずさを誤魔化し、部員を収集させる。

 なにはともあれ、待ちに待った日だ。――思う存分暴れてこい。その想いで部員をコートへと送り出した。



 試合が始まるなり文字通り即行で決まった日向たちの変人速攻。それを見た烏野部員以外の人間が敵味方関係なく驚いているのが分かる。俺も初めて見た時はそうやってビビったわ。でも、今では変人速攻に対してどうだ? という誇らしげな気持ちだ。
 チラリとギャラリーの反応を見たら案の定みょうじは目を見開き呆然としていた。いつもやり込められているみょうじに一杯食わすことが出来て気分がいい。この調子でガンガン攻めていけよ、お前ら。





「……なんっか気持ち悪いな……」
「どうかしましたか?」

 初めこそ手応えを感じたが、それはただの予兆に終わってしまった。それも全て相手チームである音駒のせいだ。

「様子を窺われてるっつーか……」
「はぁ……そうですか?」

 そしてこの嫌な予感は杞憂には終わってくれず、結果として音駒にジリジリと点差を詰められ、ついには同点、逆転、そして1セットを先取されてしまった。やはり音駒の安定したレシーブ力は侮れない。それに今の音駒はレシーブだけではない。鋭い洞察力を持ったヤツに高い反射神経を持ったヤツ――色んなヤツが居て、チーム全体が盤石の強さを保っている。こんなチームと練習試合が出来るなんて。

「……ほんっとにありがとうな、先生」
「なっ!? 先程言われましたけど……烏養くんどうしたんですか?」

 恵まれたチームだな、烏野は。未知のパワーを秘めたチームの指導が出来るこの現状も悪かねぇ。やる方が好きだとばかり思っていたが、こうしてベンチからコートを見守るのも楽しい。じいさんはこんな気持ちでコートを見つめていたのか。そう感慨にふけながらも目の前で繰り広げられる試合展開に脳を動かし続けた。



「もう1回!!」

 汗だくになりながらも荒げる日向のアンコールを慌てて咎め、猫又監督に詰め寄ろうとする日向の首根っこを摘まみ上げてそれを止める。結局3試合やって1セットも獲れず仕舞いだった。本当は日向のもっとやりたいという気持ちも理解出来るが、さすがに時間が迫っている。

「またうちとやりたいなら公式戦だ」

 猫又監督の発破にチームが沸き立つ。……このじいさん、人の心を掴むのがうまいな。さながら化け猫じゃねぇか。そんな失礼な感想を浮かべたが顔には出さず、音駒チームへの挨拶を終え、練習試合も遂に終わりを迎えた。
 公式戦でやるゴミ捨て場の決戦、ぜってぇ楽しいだろうな。その時は音駒も、モチロン烏野ももっと強くなっているに違いない。コイツらにはそれだけのポテンシャルがある。



「3試合やって1セットも獲れないとかなぁ? 素人の先生がこおんなに頑張ってんのになァ」
「次は絶対ストレート勝ちしてみせますよ」
「ほほほう!? 口ばっかじゃないと良いけどなぁ??」

「う、烏養くんっ、コーチやるのは今日の音駒戦までだって――」
「あんなこと言われて黙ってられるか! デカイ舞台でぜってェリベンジだ……!」

……あのじいさん。人の心掴むの、まじでうめぇ……。





「で、私に店番延長して欲しいと?」
「お願いします……」
「はじめはあんなに雇うの躊躇してたのに?」
「うっ……ちゃんと対価は払います……」

 坂ノ下に帰り、店番に戻っていたみょうじに事情説明をすると初日のやり取りを持ち出され、言葉に詰まる。そして絞り出した言葉に笑い声をあげながら「ふふっ、冗談。烏養ならそう言うんだろうなぁって予測ついてたし」とあっさり許諾された。

「それに、あのチーム指導するのが楽しいって思うの、素人だけどなんか分かる」
「だべ!?」
「うん。だって烏養、めちゃくちゃ楽しそうだもん」

 ほら、今みたいな顔してたよ。と自分の頬をつつき笑うみょうじに今度は唖然とするしかない。……みょうじの洞察力が凄いのか、それとも俺がそんなにも分かり易いのか。おそらく、そのどちらもなんだろう。

「これからも頑張ってね、コーチ」
「……おう」

――次の試合もみょうじに見せてやりてぇな。そう思う気持ちはみょうじに気取られているのだろうか。




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