Never forget to sparkle.

「遅ぇーよ! 試合終わってたらどーすんだよ!」
「だって珍しくお客が来てて」
「はやくはやく!……ってみょうじ!?」

 嶋田と滝ノ上が会場に駆け付けたのは第2試合の1セット中盤ごろ。観覧席の最前まで駆け抜け手すりを勢いよく掴み、烏野がリードしているのを把握したあとようやく先客の存在に気付く。
 その先客はつい最近こちらに帰省したみょうじであった。見知った顔であるのに嶋田が思わず声をあげて驚いたのは「じまだぁあ〜」とみょうじが鼻声で呼んできたからだった。

 嶋田は思わずもう1度烏野の点数を確認した。が、やはり点差は16対13と烏野がリードしている。では一体何故みょうじは泣いているのだろうと汗ばむ体で脳をフル回転させる。

「……繋心にフられたか?」
「はっ!? バカじゃないの!? こんな時にそんなことしないわよ!」

 目を吊り上げて語気を荒げるみょうじにムッとするが、それもそうだと留飲を下げる。もしかすると1試合目が怒涛の展開の末に掴んだ劇的勝利だったのかと新たな理由を思い浮かべるも、入り口で見たトーナメント表には結構な点差が付いた試合結果が刻まれていた。
 こうなるとみょうじが泣いている理由がもう分からない。

「なんかよく分からんねぇけど……大丈夫か?」
「勝つチームもあれば、負けるチームもあるんだなぁって」
「は?」

 よく分からないなりに心配してみせると、鼻声で言葉を継がれた。……にしてもやはり理解しがたい。そんな当たり前のことをどうしてこのタイミングで? 疑問を口にすることはしなかったが、それでもみょうじは口を開いてくれた。

「どれだけ劣勢でもみんな必死で、一生懸命ボールを追って……点差の開いたマッチポイントでもちゃんと戦おうとしてて……私には出来なかったことをこの子たちは出来てるんだなぁって思うと、感動やら羨ましいやらで……」
「もしかして、常波だったっけ……? を想って泣いてたのか? 今の今まで?」
「だってぇ〜……青春してんだもん〜!」
「お前、ソレで繋心に会ったのか?」
「こんな顔見られたくないし、避けた……」
「ハァ……」

 そんなことをしている場合か――呆れから深いため息が吐いて出た。何年も前から抱えてきた後悔を、やり直す為に今お前はここに居るんだろう。ならば今みょうじがすべきことは目の前で必死に選手と一緒に戦っている繋心を応援することだろう。

「あんま泣いてると、頑張ってる繋心のことが見えねぇぞ」
「……う゛ん」

 嶋田の警告を受け、ようやく顔に力を入れるみょうじ。その目は真っ直ぐアリーナへと向いており、その姿を見て嶋田もそっと口角を上げて烏野の応援に精を出した。



「ね、ねぇ! 今、あの子足っ!」
「ルール上は問題ねぇ。けど、そう簡単に出来るモンじゃねぇ……」

 伊達工戦もついに烏野のマッチポイントとなった時、伊達工の必死のブロックによってスパイクが弾かれた。落ちる――と思った瞬間、烏野のリベロがそれを足であげてみせた。スーパープレーに歓声をあげるみょうじにルール解説を行っているが、嶋田自身も興奮していることは隠しようのない事実だった。
 やはり自分たちが居た頃――いやもしかするとそれ以上の進化を今の烏野は遂げている。“堕ちた強豪 飛べない烏”と揶揄された烏野はもういない。それを払拭したのは今の部員達であり、嶋田の同級生である烏養だ。
 コーチなんてやったらムズムズしそうで嫌だ、と言っていた人間が、今ではコートの外からあんな楽しそうな顔でコートを見つめている。
 そして、嶋田の隣ではそんな烏養を慈愛の籠った瞳で見つめるみょうじが居た。

「ずっと、変わらないね。烏養は」
「……みょうじも変わってねぇな」
「そう? 私は色々と変わっちゃったよ。だけど、ココに居る皆は――烏養はずっと変わってない。……今も格好良いまんまだ」

 試合が終わり、勝利を味わう部員を誇らしげな表情で迎え入れている烏養を見てみょうじがポツリと零す言葉。それはみょうじの中で何年も根を張り続けた本音であることを嶋田と滝ノ上はもう何年も前から知っていた。何も知らないのはみょうじと烏養だけなのに、と2人は顔を見合わせてそっと溜息を吐いた。

「ところでお2人さん。明日はモチロン朝から来るよね?」
「……ウッス」

 そうしてまた別の意味で顔を見合わせるハメになるのであった。



「烏野3回戦突破おめでとう!」
「アザッス!」

 伊達工との試合を終え、クールダウンをさせていると嶋田達が顔を覗かせにやって来た。そこにはみょうじの姿もあり、ホッと胸を撫でおろす。常波との試合が終わった後、みょうじのことだから飛んで来るだろうと思っていたのに姿を現さなかったことが引っかかっていた。それでも今こうして部員に声をかけるみょうじはいつものみょうじなので、何かしらの事情があったのだろうと解釈する。伊達工戦も中盤からはウルサイくらいの声量で応援していたし。

「烏養も、初公式戦お疲れ」
「おう。みょうじもどうだったよ? 初公式戦観戦は」
「もうね、すっっっごく!! 楽しい!!」
「はは、そんなにか」
「そんなにだよなぁ〜? みょうじは」
「し、嶋田っ!」

 含みある嶋田の声にみょうじの頬が染まっている。その理由は分からなかったが、頬を赤くしたまま尋ねる「今日も遅くまで次の対戦相手のこと調べるつもり?」という問いには肯定を返しておいた。……遅くまでするつもりはないが、覚悟はしている。

「あんま無理しないでね」
「……お、おう」

 ここに来てこんなにしおらしい反応されても、今更どう返せば良いのか分からずぎこちない返事になったかと思えば、続けざまに言われた「もう若くないんだから」という言葉に眉を吊り上げた。

 そうしてみんなで笑い合い、明日に向けた激励を受け嶋田達と別れ、気合を入れ直す。明日も今日みてぇな試合を見せてやるからな、みょうじ。




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