声に紛れた真実

 IH予選まで今日を残すのみとなった。あれからみょうじは何度か上野先輩からの連絡を受けているようだったが、まだ本格的な話には至ってないようだ。
 みょうじのことも心配だが、なにより力を入れるべきはコイツらの方だと己自身に発破をかけ、全員にもよく休むようにと指示をした。

 俺の時には居なかったマネージャーの応援を羨ましくも感じながら解散し、下る坂道。その先で“坂ノ下商店”の看板が明かりに照らされぼんやりと輪郭を映し出している。
 みょうじの店番もあと数日か。結局こっちに居る間ほぼ店番の手伝いをして貰ったな。そのお礼も出来ないままここまで来てしまった。

「ただいま」
「おかえり。今日もお疲れ様」
「おう。みょうじもありがとな」

 IH予選、みょうじに見せてやりてぇな。音駒の練習試合とは違った、本当の公式戦。あの時から何倍も強くなった今の姿を見たらみょうじは絶対に喜んでくれるハズ。それをささやかなお礼として受け取って貰うことは出来ないだろうか。――もしくは東京に帰ってしまうみょうじへのはなむけに。

「ねぇ烏養。明日の試合、観に行ってもいい?」
「俺はいいけど、でも店番……」
「おばさんがね、もうすぐ東京に帰っちゃうから最後くらいはゆっくりしてって言ってくれて。それなら烏野の試合応援したいなぁと思って」

 それは俺にとっても願ってもない話だ。さすが母ちゃん。俺が頼むより前にそうしてくれるとは。母ちゃんが居るであろう方を向いて親指を胸中で浮かべていると「それともう1つお願いがあるんだけど」とみょうじが切り出す。

「今日、帰り送ってくれない?」
「おう。いいぞ。車出すから待ってろ」
「ううん。良かったら歩いて帰りたいんだけど……だめかな」
「……分かった。ちょっと母ちゃんに店番頼んでくる」

 雰囲気を感じとり、みょうじからエプロンを預かって母ちゃんに事情説明をして2人して歩き出す夜道。母ちゃんに「ちゃんとなまえちゃんにお礼すんだよ!」と叩かれ痛む腰を押さえながら数メートル歩いた所でみょうじが寄りたいと言った公園に入り、ベンチに腰掛けた。

「最後の最後まで巻き込んじゃってゴメンね。明日が大一番なのに」
「別にこれくらい構いやしねぇよ。それに、大一番は明後日だ」
「そっか、そうだね。……あのね、今から、啓介に電話しようと思う」
「ここでか?」
「うん。ずっと避け続けたけど、1度は話しておこうと思って」
「それは、俺が居てもいいのか?」
「うん。烏養に居て欲しい。ワガママ言ってゴメン」

 いつものようなあっけらかんとした様子ではなく、本気で怖がっている様子のみょうじを見て、放っておけるハズがないとしっかり目を見て頷きを返せば少しだけ和らぐ表情。

「烏養に頼ってばっかになっちゃったね」

 一体いつ、どこで俺がみょうじを支えられただろう。ずっと大人気ない自分を嫌悪し続けたというのに。それでもみょうじにとって俺が頼りになる存在なんだとしたら、少しでもその像に近づけるように。そんな思いで携帯を握りしめ、恐る恐る耳に当てるみょうじの隣で成り行きを見守る体勢をとった。

「もしも――……うん、そう。今宮城。……え? ちゃんと帰るよ。帰るけど――それは何回も聞いた。でもそれが事実じゃん。相手だけのせい? 違うでしょ? 落ち着いてるよ、私は。……うん。……うん。……啓介の言いたいことは理解した。後はそっち帰った時直接話し合おう。うん、じゃあまた」

 数分間やり取りした会話でみょうじは声を荒げ、萎ませ、結局言いたいことは何も言えなかったように思える。上野先輩ってもっと穏やかな人物だと思っていたけど。案外人って変わるもんなのかもな。

「ふぅ」
「なんて言ってた?……って訊いてもいいか?」
「もうしない、気の迷いだった、だから帰ってこい――みたいな。ラインとおんなじ内容」
「どう、すんだ?」
「……本当はもう嫌。信じたくないし、信じれない。……でも、それだけで簡単には終われないくらいの年月が経っちゃった」
「……まだ、好きか?」
「どう、だろ……」
「もしそれが、ただの情ならそんまま惰性になると思うぞ。そんだけ傷付いてんのに、迷ってんのは本当に先輩が好きだからなのか、ちゃんと考えろよ。その為にこっち戻ってきてんだろ」

 あの時、東京に行くか迷っていたみょうじに行った言葉とは中身が全然違う。今度のは本気でみょうじを想い、案じ、みょうじの為になるように願った言葉だ。みょうじに後悔を抱えて生きて欲しくねぇから。

「ありがとう、烏養。……やっぱりあの時、もっと勇気出してればよかった」
「?」

後悔して欲しくないと願った矢先にいつの日かを思い後悔するみょうじにハテナが浮かぶ。前にも過去を悔やむようなことを言ってたっけ。だけど、今のみょうじはあの時と違って表情が明るい。

「でも、時はまだ遅くない!」
「……おう?」
「人間至る所に青山あり!」
「……は?」
「なら、宮城でもいいってことだよね」
「おう……?」

 おっしゃ! と頬を叩いて立ち上がるみょうじの勢いに気圧され、ベンチに呆然と腰掛けていると「明日早いんだし、早く帰ろう!」とはにかみながら俺を急かす。
 よく分かんねぇけど、みょうじがいいと思える選択が出来そうで何よりだ。



 迎えたIH予選初日。部員の中にも緊張が垣間見える。無理もない。コイツらからしたら新しいチームで迎える初めての公式戦だ。でも、これをこなさねぇと音駒との公式戦はモチロン、全国大会なんて夢のまた夢だ。
 今日までやれることはやってきた。あとはコイツらにかかっている。見てろよみょうじ。コイツらはぜってぇやってくれるから。

「烏養くんも気合十分ですね」
「――あぁ。まずは今日を目指してやってきたからな」
「そうですね」

 武田先生とも闘志を分かち合い、バスに乗り込み目指すは仙台市体育館。明後日の試合を見れないことをみょうじに悔しがらせてやる。



 バスに揺られ窓を眺めること数十分。はじめこそ騒がしかった車内も澤村の一喝により大人しくなった。最終確認を終え、少し手持無沙汰になった所で運転席に座る武田先生にある疑問を投げかけてみることにした。

「なぁ先生。“じんかん至る所にせいざんあり”ってなんだ?」
「あぁ、幕末の僧の言葉ですね。“至る所に墓場なんてあるんだから故郷を出て大いに活躍しなさい”という意味ですよ」
「へぇ。じゃあその逆もしかりっつーことは……」
「もしかして、それを言ったのみょうじさんですか?」
「なんで……」
「分かりますよそれくらい。これでも一応文系の教師ですから」

 俺が文系に強かったらみょうじの意図も理解できたのか?……この考えがバカそのものだと自分で気付くことが出来るあたり、俺も成長したといえるな。って情けねぇな。
 頭をガリガリと掻く俺を武田先生は「みょうじさんにも今日の試合楽しんで貰えるといいですね」と楽しそうに笑っている。

……もしかすると俺が分かり易いのかもしれない。




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