ピピピッと陥落

「先生! みょうじさんが!……て、あら」

 全力疾走で辿り着いた保健室はがらんどうで、乱暴に開けたドアの音だけが響いた。先生おらんやったらどうやって手当したらええの?……テーピングなら出来るけど、それでええんか? てか、俺、みょうじさん抱えて思っきし走ったけどみょうじさん頭大丈夫やろか!?

 遅すぎる心配を抱いてみょうじさんに目線を送るとみょうじさんは手で顔を隠しとった。せやけど隠せてへん耳は真っ赤っか。うわ、ゆでだこみたいになってんやん。ほんまに大丈夫やろか……? なんなら病院まで走ったるけど。

「みょうじさん、大丈夫か?」
「あの、大丈夫、どうもしてへんから……お、おろして……?」
「お、おう」

 みょうじさんの指示に従って処置用のソファにおろして、俺はソファ近くにしゃがんでみょうじさんを見上げようとした。せやけどみょうじさんは目線をキョロキョロ動かして合わせてくれへん。……もしかして頭以外のどっか痛むんか? そう思ってみょうじさんの腕を触るとようやく目線が合った。

「っ!? 宮くん……っ?」
「いや、どっか擦りむいてへんかなぁ思うて」
「だ、大丈夫やからっ」
「でもさっきから落ち着きないやん」
「それはっ、宮くんが急に!」
「? 急に……あ、お姫様抱っこしたことに照れてんの?」
「それもやし……、ダサいとこ見られてたの、恥ずかしくて……」
「ふはっ」

 そないな所気にしてたんやって思うたらおかしなって思わず笑いがでてしもうた。そしたらみょうじさんは「なっ、笑わんといて! めっちゃ恥ずかしいんやから……!」てまた慌てふためいとう。……なんや、可愛いとこあるやん。

「心配せんでもこちとらみょうじさんのこと初めからダサいって思うとうし」
「そうなん……? 私、ダサいんや……」
「そら校則通りの生徒演じてたらダサくもなるやろ」
「……まぁでも、それがルールやし」
「うん。みょうじさんならそう言いそうやな」

 話してる感じ、ほんまに大丈夫そうやし、これなら氷当ててたらええやろ思うてビニール袋に氷を入れて簡易的な氷のうを作ってたらみょうじさんがポツリと口を開く。

「にしても宮くんが走ってきたのはビックリしたわ」
「……た、たまたまそっち見てただけやで」
「しかもこうして保健室に連れて来てくれるとか、思わへんかった」
「俺かて親切心はあるんやで」
「うん。実感してる。ほんまにありがとう」
「おう……」

 あかん、手元が狂う。よお考えたらあん時の俺、必死過ぎんか? 顔面レシーブしたからいうて死んだらどうしようとかまで思い詰めてたし。なりふりかわまんとみょうじさん連れだしたし。あんなん、俺がみょうじさんのこと好きってバレバレ……。

「宮くん、氷全然入ってへんけど」
「あっ、あぁ……ウン」

 まずい。今腑に落ちてしもうた。……俺、みょうじさんのこと好きや。どないしよ。うわ……あかん。どうしたらええ?
 頭ん中で好きが溢れて、それがグルグル回る。その渦に巻き込まれるように体幹自体がぐらぐらしだした時、みょうじさんの「あ!」という声がそれを正す。

「靴下。白色になってる」
「へっ? あー……なんか、柄モン取った時みょうじさんの顔が浮かん、で……」

 んで、ここでもみょうじさんのこと考えとった事実が判明して尻すぼみしてしまう。俺だいぶんみょうじさんのこと好きやな。やばいな、変態や。

「ほんま? あん時注意したおかげで意識してくれたんかな? そやったら嬉しいわ」
「いうて色だけやけどな!」

 みょうじさんに惚れてるていうのを認めるのがなんか悔しくて、嬉しそうに笑うみょうじさんに対抗するように規則違反してることを自慢気に伝えると案の定「誇るとこちゃう」と突っ込まれてしまう。

「まぁでも、1歩前進やな。宮くんのこと信じたの、間違いやなかったんやね」

 そう笑うみょうじさんはやっぱし可愛ええ。そうやってずっと笑った顔が見たいて思う。もうあの諦めたような表情は見せて欲しくない。

「まぁ……せやな」

 せやから言うて髪色を戻したり規則を守ったりて真面目男にはなれへんけど。靴下の色くらいなら、規則に従ってもええかな。なんて思うてみる。



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