故意にwazurai

 あれからみょうじさんはほんまに注意してくることはなくなった。廊下ですれ違っても、食堂で一緒になっても。まるで俺が空気にでもなったような気分。それくらいみょうじさんは俺に関わろうとせんくなった。
 別に今まで通りになっただけ。それを望んでたハズなのに、なんでか俺はみょうじさんのことを目で追ってしまう。目線が合わんことにイライラしてる自分にさぶいぼが出る。ほんまに自分がキモい。

「なぁ。俺、ドMなんやろか」
「エロい姉ちゃんにムチで叩かれるとこ想像して興奮すんのならそうなんとちゃう?」
「……意外とええな」
「唆られてるやん」

 部活終わり、夜風に当たりながらここ数日の自分を思い返して、浮かんだ疑惑をサムに訊いてみてもあんまし明確な答えは出えへんまま。あぁもう、こうなったらバレーや。バレーにのめり込むしかない。

「俺もうちょい残るわ」
「今日からあげらしいで」
「ほんま!? おいサム、俺の分も残しとけよ!」
「保証は出来ん」
「あっ、オイコラ!」

 自主練しようとした矢先に晩御飯の誘惑と、サムに対する不安が襲ってきて一瞬だけ帰ろうか迷うた。せやけど、どうもからあげじゃこのモヤモヤは祓えん気がしたから1人体育館に残ってバレーボールと戯れることを優先した。

「真面目子め……からあげでも祓えんとは……やるやんけ」

コートの向こう側にみょうじさんを立たせ、その偶像に照準を定める。見とけ、お前なんかこうじゃ。

「……あれ?」

 エンドラインから6歩間取って思いっきり打ち込んだスパイクサーブ。サーブトスもジャンプの高さも気持ちええくらいドンピシャやったのに、ボールは目指しとう場所とは全然違うとこに飛んでった。

「……あ゛ぁ!?」

 それは緩やかに打ってったジャンフロでも同じやった。上手くいかへん俺をみょうじさんが煽るようにネットの向こうで笑う。あの女……! ボールにイライラ全部ぶつけるようにして打ったサーブはどれもお門違いな方向。最後に打ったサーブなんかはホームラン。その頃には俺の息も絶え絶えやった。

「みょうじなまえ、お前は一体何なんや……!!」
「なに?」
「うわぁ!?!?」

 床を数回跳ねたボールがついに動かんようになってしまったのと同じタイミングで、みょうじさんの声が耳に入ってきて間抜けな声をあげてしもうた。イメージのし過ぎでついには幻聴まで聞こえたんか!? せやったらヤバイぞ、俺。
 それを確かめるようにおっかなびっくりドアへと向くと、そこにはまごう事無きみょうじさんの姿。

「ほ、ほんまもんか……?」
「なんやの、ソレ。私のこと幽霊とか思うてんの?」
「笑うとう……。やっぱオバケやん……」

 さっき俺がイメージした意地の悪い笑みとかやないで、ほんまに綺麗に笑うてみせるみょうじさんらしき人。あぁ、俺の頭、ついにダメになってしもうた。

「言うてる意味分からへんけど。やっぱバレーしてる宮くんはええね」
「はい?」
「一生懸命な感じ、ええと思うわ」
「……ちょお、俺の頬抓って」
「なんで?」
「みょうじさんが優しいから」

 こんだけ優しそうに笑うみょうじさんのことや。俺が抓ってって言っても「そんなこと出来ひん」とか柄にもないこと言うに決まって「痛い! いひゃい、いひゃいみょうじふぁん」……うわ、ガチもんやんけ。

「どう? ほんまもんやった?」
「うん。言うた通りこなす感じ、みょうじさんや」

 抓られた頬をさすりながら感想を述べると「そんなら良かった」と少しムッとしながら答えるみょうじさん。……あらぁ? みょうじさんてこんな人やったっけ?

「今日は俺の髪色のこと言わんのやな?」
「もう言わへんて、約束したやん」
「まぁ……そうやけど。ここ最近絡んでこんかったやん」
「別に。今までも絡んでへんかったよ。ただ、今日は風紀委員の活動報告纏めよって遅なったら宮くん1人で自主練してたから」

 確かに、俺とみょうじさんはずっとこんな距離感やった。あの時みょうじさんが突っかかってこおへんかったら、今こうして話すこともなかった。

「宮くんがバレーしとう姿、いっつも真面目でええなぁって思うてた。せやから髪色もどうにかしてくれるんとちゃうかって思うたけど……それは私の思い込みやった。せやから、もう言わへん」
「え」
「今日はあの日突っかかったことを謝りたくて。私も意地になってた部分あったし。ほんまごめんなさい。……ほんなら、あんま遅くならへんようにな」
「ま、待った!」

 しおらしく謝ってみせるみょうじさんを慌てて呼び止める。……で、どうするんや? 俺は。てかなんでこない寂しいって思ってるん? あぁ、もう訳分からん。

「なに?」
「……この近くにウマい鯛焼き屋あんねやけど……食って帰る? 奢ったるし!」

 なに言うてんの。なんでみょうじさんのこと誘ってんの。なんで?

「……ふふ。ありがとう。でも、寄り道はあかん」
「あぁ、そっか。ごめん」

 するりと出た謝罪にみょうじさんは嬉しそうに笑って、そうしてほんまに立ち去って行った。どこまで真面目なん、みょうじさん。

 そやけど、あの笑顔。……次は俺から話しかけてもええってことやんな?



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